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7月 中央区

ビロードモウズイカ 天鵞絨毛蕊花      ゴマノハグサ科


奇体な植物である。

10年ばかし前、新しいカメラを買った時のこと。
テスト撮影のためにぶらりと電車に乗った。
使いこなすためにはカメラの癖を知ることが大事なので、
とりあえずポジとネガを突っ込んで撮り歩くのだ。

出向いた先は江東区夢の島。
埋立地である。
空地に転がってヘラオオバコなどにカメラを向けているうち、
唐突に見なれない物体に出くわし、
すこしギョッとした。


物体とはいっても明らかに植物だ。
葉もあるし花も咲いている。

しかし、このすぽーんと空に向かってそびえる
塔のようなものは何だ。

埋立地の人為的でどこか不自然な風景の中で、
その物体はいかにも非現実的なオブジェに見えた。
のちに小学館「都会の生物」の
「宇宙から来た植物のように見えた」という記述を読み、
深く頷いたものである。

そんな、私とビロードモウズイカとの出会いであった。

右の写真をご覧頂きたい。
昨年の夏に中央区月島で撮影した一枚である。
空地の草むらからやや白っぽい緑色の塔が立ちあがり、
柵の上に顔を出している。
柵の高さは2メートルほどか。
この巨大な塔がビロードモウズイカの花穂なのである。

花期は夏から秋。
上の写真のように塔の先端に黄色い花を無数につける。
白っぽく見えるのは全体に綿毛が生えているからで、
ビロードの形容詞を頂くゆえんである。

いかにも日本的でない外観の通り、
本種は宇宙原産でこそないが帰化植物である。
元々はヨーロッパに生えていたものが、
花卉として持ち込まれたらしい。
渡来は明治初期と意外と古い。
てっきりこの20年くらいの間に帰化したものと思っていた。

以前はニワタバコの名で栽培されていたという。
草体の下の方に生えている葉は、
なるほどタバコの葉に似ていなくもない。

これだけの長さの花穂を持つだけあって、
種子の量も相当なものになる。
栽培品がつけた種は程なくそこらじゅうにばら撒かれ、
日本各地に範囲をひろげていった次第である。

とはいえ個人的な印象をいえば、
本種は言うほどには蔓延ってはいない気がする。
たまに目にすると、いつもその異様な雰囲気にちょっと気圧される。
異様さはストレンジャーのそれであり、
帰化以来100年以上を経てなお
ビロードモウズイカは日本の風景になじんでいないのだ。

牧野富太郎は晩年の著書の中で
帰化植物の辿る運命について述べている。

「ハルジョオン、ヒメジョオン、ヒメムカシヨモギ、ダンドボロギク、
オオボロギクの帰化植物は、その帰化地にあって、いずれも、
その生活している期間が短い。(中略)今が彼等の全盛期で、
やたらに、方々で花が咲いている。しかし、この奴も今の間に
その影を没するのであろうと私は今予言しておく」
(「植物一家言」1956/北隆館)

半世紀前の牧野博士の予言は、
現在のところ必ずしも的中してはいない。
しかし、植物の観察研究に明け暮れた95年にわたる生涯のなかで
博士が得た考察は、果たして机上の推論だろうか。

彼は山野を駆け、あるいは路傍に目を落とし、
身近な風景の中に帰化植物の栄枯盛衰を見たに違いない。

近年都内で私がビロードモウズイカを見たのは、
わずかに埋立地と荒地のみである。

荒涼としたマンション建設予定現場に屹立する花穂は、
あるいは滅びの道標たるバベルの塔なのかもしれない。

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7月 中央区
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7月 江戸川区

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