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9月 文京区

ヒガンバナ   彼岸花          ヒガンバナ科


しばらく珍名さんや珍菌くんが続いたので、
ここらでポピュラーなお花に登場願おう。

極楽浄土は西方にあるという。
ために太陽が真西に沈む春分・秋分の日の前後7日間を
生死を超越した境地を指す「彼岸」と呼びならわし、
仏事を営む。
秋の彼岸は9月20〜26日頃である。

東京あたりだとヒガンバナの花期は
ほぼ正確に秋彼岸に一致する。

このことは同時に、
本種の盛りが極めて短いことをも意味している。

1日で枯れる花は少なくないが、
種類としての花期が10日足らずしかない植物は
そう多くはない。
ヒガンバナの生活サイクルは
非常に足並が揃っているのだ。

春から夏の間、この植物は地中でじっとなりを潜めている。
球根の状態で休眠しているのだ。
古くは飢饉の時にこれを食糧にした。

とはいえ、ご存知のようにヒガンバナは有毒植物である。

ガーデニングの方で本種をリコリスと呼ぶのは、
学名のLycoris radiata の属名の読み下しである。
植物の毒成分は学名に由来するケースが多く、
ヒガンバナの毒はリコリンと呼ばれる。

リコリンは全草に含まれ、
特に根っこの鱗茎に多い。
誤食した場合の症状は嘔吐・下痢にはじまり
よだれを流して皮膚炎を起こし、
甚だしきは神経麻痺に至る。

この猛毒は煮たり焼いたりした程度では抜けない。
食糧にするためには
大変な手間のかかる毒抜きのプロセスが必要となる。
間違っても我々素人が
興味本位で手を出してよいものではない。

そんな恐ろしい植物を、
古人はなぜ食べたのか。

食べたい食べたくないのレベルではなく、
彼らは食べなければならなかったのである。
食べられないはずのものでも食べなければ、
生きのびられなかった。

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日本の人々が飢饉という状態から解放されて久しい。
その極限状態は、
現在の我々の想像の及ぶところではなかったに違いない。

死人花、地獄花の異名を持つヒガンバナは
墓地に植えられていることが多い。
「毒草の誘惑」の著者である植松黎氏は、
ヒガンバナさえ食べられずに亡くなっていった人々への
手向けであるとする説を紹介している。

夏が終わる頃、球根は眠りから覚めて
花茎を伸ばし始める。
そして秋分の前に一斉に花を咲かせるのだ。

短い花盛りの間、
群生地には毎日のように
散策者やカメラマンが訪れる。
時折は「わあ、綺麗!」という嘆声も聞かれる。

そんな中、
母親に手を引かれながら
何か異様なものを見る目で
日陰に咲く赤い花火を見つめる子供たちに遭うことがある。
由来もその毒性も知らないままに、
ヒガンバナの持つどこか暗い雰囲気を感じ取っているのだ。

それは精霊流しの送り火にも似て、
幼子の魂に何かを訴えかけているようにも思える。

花期が終わると花茎は倒れ、
代わりにすうっとした緑色の根生葉が出てくるだろう。
葉は春先まで生い茂り、
秋冬の寒々しい墓所にかすかに色を添える。


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