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8月 東大和市

イチビ       (漢字名不明)      アオイ科


関西方面に「いちびり」という言葉がある。

関西弁(広義の)では、
しばしば動詞の語尾が -i になって「〜する人」を表す。
英語の-erに該当する活用だ。
いらんことをする人は「いらんことしい」
うれしがる人は「うれしがり」である。

同じ伝で、いちびりとはいちびる人に他ならない。
「いちびる」のニュアンスを翻訳するのはなかなか難しいが、
敢えてするなら
「調子に乗ってはしゃぐ」
「目立とうとしてさわぐ、あばれる」といった処か。
むろん良い意味ではない。

イチビという植物名を見るたびに、
ついついこの「いちびり」を連想してしまう。

とりあえず花をクローズアップしてみたが、
下の写真でわかる通り大して目立つものではない。
直径は1.5〜2センチ程度。おとなしい黄色い花だ。

目を引くのはむしろその果実である。
右の写真をご覧頂きたい。
何ともいえない妙ちきりんな造型で、しかも花より大きい。
最初、近所の空き地で見かけた際に
正体がさっぱりわからず首を捻ったものだ。
野草の図鑑にも出ていない。

後に「帰化植物写真図鑑」でインド原産の
アオイ科の植物であることがわかったものの、
その素性がまた怪しい。

ものの本には大概「繊維をとるために持ち込まれ、
古くから栽培されていた」と説明されている。

しかしここに混乱を招く事実がある。
原色牧野大図鑑によれば、
イチビと記述のある植物は2種類存在しているのだ。
ひとつは確かに本種なのだが、
もう一種、繊維作物として名高いジュートJute(ツナソ)も
イチビとして紹介されているのである。
こうなると古い文献の
「繊維用に古くから栽培されていた」イチビは、
果たしてどっちなのかすこぶる怪しい。

実際、本種もまた繊維作物であり、
黄色い「麻縄」はイチビの茎の繊維から作られる。
ややこしいことにジュートと混織して麻袋を織ったりもする。
このため、ジュートをイチビとした牧野図鑑の記述を
単なる混同とする説もあり、
さらに本当はインド原産ではなくブラジル産で、
インド経由で日本に入っただけだと主張する人もいたりして、
真相はますます闇の中なのであった。

ちなみにイチビの語源であるが、
色々調べてみたもののちっとも決め手がない。
やはりイチビという別名を持つテリハハマボウ(アオイ科)は、
一日で花が変色してしまうことから
「1日=いちび」と命名されたという記述があった。
果物のイチゴも大昔はイチビと呼ばれたものが、
イチビコ→イチゴと転じたらしい。
どうもかつてはポピュラーな植物名だったようなのだ。

*       *       *

少なくとも現在、日本におけるイチビは作物ではない。
それどころか強力な繁殖力をもつ農作物の強害草である。

妙ちきりんな果実の中には300〜800個ほどの種子がある。
地上にこぼれたタネは機会をみて発芽してくるのだが、
その寿命は20年にも及ぶというから仰天する。
つまり今年がダメなら来年、来年がダメなら再来年と
最大20年もの浪人生活が保証されているのだ。

果実1つあたり種子が500とすると、
1株が10個実をつければ
何と5000人もの浪人生を地上にばら撒く計算になる。
それが20年間にわたって発芽に挑戦し続け、
運良く合格した者がそれぞれまた5000人を産み落とす。
その5000人が再び20年浪人を。
地上はまたたく間に浪人生で覆い尽くされるに違いない。
浪人浪人言うな俺。

このように地中で長期間休眠している種子を
シードバンクと呼ぶ。
引き出そうと思えばいつでも発芽させられる銀行なのだ。

実際、イチビに侵入された畑はあっというまに占拠されてしまう。
トウモロコシ畑が気が付くとイチビ畑に変じているのだから恐ろしい。
発見したら実をつける前に急ぎ手を打たなければならない。

前出の帰化植物図鑑では「最も強害な雑草」と断じている。
調子こいてる感じがぷんぷん漂うぞ。

やっぱりイチビリじゃん。

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8月 東大和市

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10月 文京区
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10月 文京区

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