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要するに彼は自分のつまみであるギンナンの原料を、 教え子たちに集めさせたのである。 おのれハゲめが。 イチョウの木にはカラスウリやイイギリ同様、 雌株と雄株がある。 小さい頃、 葉の真ん中に深いスリットがひとつあるのがオスで、 切れ込みが複数あるのがメスの木だと 教えられたことがある。 「男の子だからズボンの形をしてるんだよ」 誰だか覚えてないが、そう言われた。 真偽の程はわからない。 女子だってズボンくらい穿くだろうから、 当てにはなるまい。 しかし、少年時代の私は この美しい巨木をあまり好まなかった。 イチョウの木には昆虫があまり寄り付かないのである。 近年、その葉に各種の薬効成分が確認されているので そのためかもしれない。 植物より昆虫を愛する男子としては、 「こんなしょもない木よりも、虫の大好きな クヌギやコナラをたくさん植えればいいのに」と 真剣に不満を感じていたものである。 完全に街路樹の役割をまちがえている。 日本では普通に植えられているイチョウだが、 世界的には決してポピュラーな樹木ではない。 マツやソテツと同じ裸子植物である本種の起源は 2億数千年前にさかのぼる。 太古の昔に大いに栄えたかれらの仲間は、 中生代末までに その殆どが恐竜たちと運命を共にしてしまった。 現生種は中国浙江省に自生が確認されている。 本邦のイチョウも移入されたものだという。 本種の属名Ginkgo は 日本名である銀杏(ギンキョウ)に由来する。 別字の公孫樹は漢名で、 発芽から結実までの期間が長いことを意味するらしい。 祖父母が種を蒔くと、 実が拾えるのは孫の代になるのだった。 大きく育ったイチョウの木には、 枝の付け根に鍾乳石のようなこぶが垂れ下がっている。 気根と呼ばれるこのオプションは 切ると乳白色の樹液を出すことがあり、 古来乳房になぞらえられてきた。 貧しくて満足に栄養が取れなかった母親たちは 母乳が出ることを願い、 豊満な乳房を宿したイチョウの巨木を神として崇めた。 注連縄のかけられた太い幹は、 数多の哀しい祈りの声をその裡に秘めているのだ。 秋のイチョウの紅葉が好きになったのは、 ずいぶん長じて後のことである。 落葉樹の多くは最後には茶色くなって散ってゆくが、 イチョウの葉は鮮やかな黄色のまま枝を離れ 地面に降り積もってゆく。 黄金色の落ち葉を踏みしめて歩く秋の散策は愉しい。 掃除は大変なのだけれど。 |
![]() ![]() 9月 文京区 |
![]() 11月 文京区 |