と、ここまで聞いて
「なーんだ。きのこと同じじゃん」
と思ってしまったアナタ。
ちっちっち。慌ててはいけませんぞ。
変形菌が本領を発揮するのはこの後なのだから。
子実体から飛ばされた胞子からは新しい生命が生まれる。
植物で言えば発芽だ。
芽が出てふくらんで花が咲いたらジャンケンポン、が
植物の一生である。
だが、変形菌の胞子から現れた芽は、
おとなしくその場で双葉を出したりはしない。
核分裂を繰り返して成長し、
なんと大きなアメーバに変貌を遂げてしまう。
そしてさらに驚くべきことに、
この粘菌アメーバはバクテリアや細菌を食べて育つ。
しかもそれらの食糧を自分自身で採りにゆく。
つまり動くのだ。
森の中、朽ち木の上に色鮮やかに描かれた、
神経組織のような紋様を見ることがある。
餌を求めて這い回る粘菌アメーバの姿なのだ。
移動スピードは極めて緩慢だが、
時速数センチに及ぶこともある。
時間をおいて観察すれば、
模様が変化しているのがわかるだろう。
胞子を飛ばす子実体に対し、
この段階を変形体と呼ぶ。
夏、変形体は条件が整うと立ち止まり、
分裂して子実体となる。
そして深い森の中に胞子を四散させるのだ。
以上が変形菌の奇妙な生活サイクルである。
南方熊楠の生まれ育った明治時代、
この仲間は植物に分類されていた。
しかしいったい植物が餌を求めて這いずり回るだろうか。
トリフィドはさておき。
熊楠は首を捻った。
彼は柳田国男に宛てた手紙の中で、
粘菌が「動植物いずれともつかぬ奇態の生物」
であることを指摘している。
熊楠が明治天皇に拝謁した際に献上したのは、
百点を超える粘菌の標本をおさめた
キャラメルの箱であった。
彼はこの奇態の生物の生きざまに、
生命の謎を解き明かす鍵を見たのかもしれない。
しかし熊楠の没後50年あまりを経て、
いまだ変形菌の正体は完全に判明したとはいえない。
冒頭に述べたように菌界に含める考えもあれば、
原生生物界に分類する動きもあるようだ。
そして今日も深い森の中、
変形菌類は安住の地を求めてゆっくりとさまよっている。 |