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「セッコクですか」 |
山の中腹をたどる道に出ると、 谷を見下ろす形で少し視界が開ける場所がある。 向こうはスギ林だ。 花粉症の蔓延ですっかり悪者にされてしまったが、 針葉樹林には欠くべからざる樹木である。 高尾のスギ林は古い。 樹齢数百年を数えようかという老木が 矍鑠と太い幹を天に伸ばしていた。 見るとその高い梢の処々に白い房が噴き出している。 登山客たちは足を止め、あるいは双眼鏡を覗き あるいは指を差して口々に嘆声を発していた。 中には「あらー、鳥かと思ったら花なのねえ!」という 無邪気な驚きの声も聞かれる。 スギの老木に着生する、セッコクの花盛りであった。 花屋の店先を派手に彩るラン科の植物は、 他の草花に比べてどこか一風変わった 不思議な雰囲気を身に纏う。 実際、その生態もなかなか興味深いものが少なくない。 本邦のデンドロビウム属代表種であるセッコクは、 老木の樹上とか岩とかにへばりついて 生きているランなのである。 和名は漢名「石斛」の音読み。 岩壁にすら根を下ろす本種に似つかわしい名前だ。 今年の開花は例年より豪華なようで、 何本ものスギの木のあちこちが ミモザのように飾り付けられていた。 ふと、見物客のひとりが呟いた。 「あれだけ遠くて高いとこにあるから、 無事なんでしょうねえ」 手の届くところにあれば誰かが持ち去ってしまう。 結果、まさしく高嶺の花になってしまっている セッコクの花だった。 これをもっと近くで愛でたいという人は、 ケーブルカーに乗ることをお勧めする。 山麓の清滝駅と山上の高尾山駅、 どちらも軌道脇のサクラの梢にセッコクが着生しており 美しい花を咲かせている。 今回私はこの花を見たいだけの理由で ケーブルカーを使った。 問題は登りで乗るか下りで乗るかで、 冒頭で山麓駅の横で迷っていたのはそのせいである。 この時駅構内のセッコクをずっと眺めていたために、 ご婦人方に目的がばれてしまったのだった。 お陰で満開の場所を教えてもらえたわけで、 これは本当に嬉しかった。 ありがたいことである。 遠目には白いセッコクの花だが、 近くでみるとうっすらと桃色を帯びている。 羞じらいに頬染めたような、 ちょいと大和撫子風味のランの花なのだった。 |
![]() 樹上に咲く ![]() |
![]() 5月 八王子市 |