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8月 東京都文京区

アブラゼミ       Gratopsaltria nigrofascata
分布:日本全土

日本で数年以上を暮らしていて
本種を一度も見たことがない、という人がいたら
挙手をお願いしたい。

本邦ではもっともポピュラーな蝉である。
漱石「吾輩は猫である」にも出てくる通り、
猫のオモチャにされていることも多い。
しかしこれでも世界的には
けっこう珍種の部類に属するのだそうだ。
ほとんどの種類は翅が透明で、
本種のように色つきの翅のセミはあまり多くないらしい。

アブラゼミの名の由来には諸説あり、
「翅が油紙のようだから」が、まず有力とされている。
これに対抗するのは
「鳴き声が油の煮えたぎる音に似ているから」説。
似てるか?

そんな油紙色の翅だが、羽化直後は白い。
上の写真ではやや時間が経っているので、
うっすらと茶色を帯びている。

土中で長い幼虫期を経た後、
セミは木に登って殻を脱ぎ捨て、成虫になる。
夏の夜、木々の梢で薄茶色の背中が割れ
ゆっくりと真っ白な翅が姿をあらわす様は、
厳粛かつ荘厳なセレモニーである。

小さい頃、遊びに行った高尾山の林で
羽化の最中のアブラゼミに出会ったことがある。
大はしゃぎで捕え、虫かごに入れて持ち帰った。

羽化したてのセミはしっとりと瑞々しい。
彼らは枝葉に掴まってはねを伸ばし、ゆっくりと乾燥させる。
乾くにつれて身体は黒っぽくなり、
翅は硬く茶色く染まってゆく。

虫かごに入れられた若いセミは、
その翅を十分に伸ばし乾かすことが出来なかった。

翌朝、虫かごの中には
ぐしゃぐしゃのまま乾いてしまった翅を背負った、
永久に飛ぶことの出来ないアブラゼミの姿があった。

虫かごの前でぼろぼろと涙をこぼしたのを覚えている。
もう二度とこんなことはすまい、そう思った。

上の写真を撮ったのは昨年の夏のことである。
帰宅途中に近所の生垣で見つけ、
急ぎカメラと懐中電燈を持って取って返した。
ストロボを焚くのは少々野暮というものだ。

スポットライトを浴びて暗闇にぼうっと白く浮かび上がる姿は、
やはりどこか幻想的な空気を帯びて厳粛だった。

シャッターを切りながら見とれていると、
セミはやがてうるさそうに
そろそろと葉の裏側に移動しはじめた。

ああ、邪魔してごめん。
私は軽く頭を下げてその場を後にした。

土の中で過ごす幼虫期は7年間。
成虫はやかましく鳴き騒いで飛び回り、
あるいは人や犬に小便をひっかけ、交尾をして死んでゆく。
その間、約2週間。

今年の夏もまた、
あちこちでそんな彼らの大合唱を聞いた。

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8月 東京都千代田区

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