しかしぶいぶいとは何ぞや。
ヤンキーの兄ちゃんがゆわすやつか。
考えてみるとブイブイゆわすのブイブイも意味は判らんな。
命名の由来には諸説あるようだが、
例によって確証はない。確かめようもないのだ。
多くのものの名前と同様、
昔から民間でそう呼ばれていたものが
そのまま標準和名になってしまったわけだ。
つまりはそんな幼児語じみた徒名を頂戴するほど、
生活に密着した卑近な存在だったのである。
「だったのである」は過去形だ。
現在の我々にとって、
ドウガネブイブイは決して身近な昆虫ではない。
いや、実際には今でも普通種であり
珍しくも何ともない虫であることに変わりはない。
ただ、その存在に気付き目を向ける人が
ずっと少なくなってしまったのである。
私とて他人のことを言えた義理ではない。
晩夏の林で蔓草の間に
写真の緑色に光る虫を見つけ、
掌に止まらせてみた時は
てっきりコガネムシMimela splendensだと思っていた。
帰宅して写真を見るとどうも光沢がフラットである。
コガネムシはもっとクリアな金属光沢を放つ。
それにこいつは失礼だが少々毛深い。
不審を抱いて調べ直し、
ドウガネブイブイの一族である
アオドウガネであることを確認したのだった。
アオドウガネもまた決して珍しい虫ではない。
クワガタや蝶を求めて林を経巡った幼い日から、
何度となくお目にかかっている筈なのだ。
それでも一向に種類や名前に気を留めることなく
興味の対象外に除けていた。
また、これらの虫は捕まえると大抵ふんを垂れるため、
うんこたれの邪魔者として忌み嫌っていたまであった。
そんな身近なあたりまえの虫たちに目を向け、
親しみやすい名前で呼んだ昔の人々の心に
改めて敬意を表したいと思う。
アオドウガネ君は別にうんこをたれることもなく、
のそのそとひとしきり私の手の上を散歩した。
撮影を終えて再び蔓草の間に戻すと、
ぼけっと佇んでいるようであった。 |