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9月 東京都あきるの市

ハグロトンボ    Calopteryx atrata
分布:本州・四国・九州


シャープで美しいトンボである。

普段目にする多くのトンボの翅はすきとおっている。
これがちょっと水辺にゆくと、
色のついた翅をはためかせている仲間に出会うことができる。
明るい茶色のセロファンはカワトンボ。
流れのほとりにダークブラウンの翅を休ませているのが、
ここに紹介するハグロトンボである。

翅をはためかせている、と書いた。

トンボの飛翔はあまりはばたいている印象はない。
銀翼を揃えて開き、時折震わせながら
風に乗るようにつうと空を横切ってゆく。

しかしハグロトンボやカワトンボの飛びっぷりは
少々様子がちがう。
彼らは長く大きな翼をぱらぱらと開き、
ゆっくりとはばたきながら
漂うようにゆるやかに飛んでゆく。

その姿はヤンマの力強い飛行に比べ、
柔らかく優しい。
トンボというよりはカゲロウの飛ぶ姿に似ている。

殊に本種はそのカラーリングと相俟って、
一種おごそかとも言える独特の雰囲気を醸し出す。
山渓カラーガイド「カラー 日本のトンボ」
(石田昇三・浜田康)によれば、
ゴクラクトンボ・ホトケトンボ等の呼称があるという。

ハグロの名は「羽黒」と「鉄漿(おはぐろ)」に
かけたものとされる。
後者はどうも後付けっぽいが。


生来水辺と黒いものが好きな私は、
山あいの静かな流れにハグロトンボの姿を見るたび
心ときめかせていたものだ。

街の子供にとって本種に出会える機会は
決して多くはない。
おまけに若い成虫は暗がりを好む。
こんな黒っぽい奴が日陰にひそんでいたのでは、
闇夜のカラス、少年探偵団の黒い魔物である。
トンボならトンボらしく陽の当たる場所に出てこんかい。

私にけしかけられるまでもなく、
成熟すると彼らは明るい水辺に顔を見せる。
恋人探しも兼ねての顔見世だ。
雌雄ともに翅は黒いが、
雄の胴体は金緑色に輝いて目を奪う。
私は思わず荷物を放り出し、
カメラを握り締めてそろそろと接近してゆく。

だが、優雅な飛び姿の割に
彼らの動作は俊敏だ。
動くものの気配を察すると
即座にはたはたと飛び立ってしまう。
身をひそめ、息を殺して機会を伺うしかない。

私はせせらぎに架かる小さな橋に身を伏せ、
トンボが舞い降りてくるのをひたすら待った。
待った甲斐があったのはご覧の通りである。
1匹の雌なんか、
畳んだ翅をはらりと開いてみせてくれた。
大サービスだ。
思わず口に出して「ありがとう」と言ってしまった。
彼女が驚いて逃げ出さなかったのは幸いである。


本種はきれいな水辺にしか棲めない。
都内の川縁で、
いつまでその穏やかなはばたきを
目にすることができるだろうか。
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 9月 東京都あきるの市

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