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7月 東京都あきるの市

ヘイケボタル  Lusiora lateralis
分布:九州以北

左にぼんやりと写っているのは私の左手である。

雨の中、つうと目の前を横切った光点を捕えた。
ゆっくりと開いた掌の上で、
小さな蛍火が明滅した。

真暗闇なのでカメラのピントは目測である。
それでも感度を上げた画面には、
うっすらと手の形が描かれていた。
ホタルの明かりが写し込んだ映像なのだ。
いったい何匹集めたら本が読めるのだろうか。


野生のホタルを初めて見たのは10年以上前になる。
場所は東京の国分寺だった。

JR国分寺駅から南西の方向に市街地を抜けてゆくと、
「御鷹の道」と呼ばれる遊歩道があり、
付近に野川の支流が流れている。
この一帯の流れは有志の呼びかけで
清澄な水質が保たれており、
ホタルの幼虫の餌となるカワニナが多数生息しているのだ。
せせらぎを覗けば
細長い巻貝が水底を移動しているのが観察できよう。

この淡水産の貝は、ホタルの餌である以前に
数十種類の寄生虫のおそるべき中間宿主でもある。
このためかつては駆除の対象となり、
ホタルも「カワニナの敵=益虫」とみなされていた。
現在はそのホタルの餌としての価値ゆえに、
大切に保護されているのだから皮肉なものだ。

駅に程近いこともあり、
御鷹の道近辺はごく普通の住宅街である。
そんな家々の裏手を、
明滅する小さい光が飛び交うさまは
なかなか不思議な眺めだ。
初めて見た時には我を忘れてしばし立ち竦んでいた。

だが、残念ながらこの時期東京は梅雨である。
だいたいいつも天候と余暇との折り合いが悪く、
ここ数年はまったく見に行く機会がなかった。
今年も仕事にかまけている間、
気がつくとシーズンは終わっていた。


さて。
以前、掲示板のお客様である
潜水亭座礁氏と呑む機会があった。
その折に私は東京のホタルの話をしたのである。
氏は大層興味を示され、
遂にホタル観察ツアーを催すに至った。
ツアーの模様は彼のサイトで紹介されつつあるので、
参照されたし。

惜しむらくは予定が合わず、
私はツアーに参加できなかった。
聞けば大成功だったという。
ううむ悔しい。ああ悔しい。

悔しさ嵩じて私は血迷った。
割に血迷いやすい性質なのである。
ある日の夕刻、
カメラを引っつかむと電車に飛び乗り
一路西へと向かったのだった。

おそろしいことに多摩地方は土砂降りの雨である。
雨ざあざあで薮蚊は出ないのはラッキーだが、
ホタルも出ないかもしれん。
とはいえ来ちまったもんは仕方ない。


強くなったり弱くなったりする雨脚の中、
しかしホタルは飛んだ。

水田の上に、木々の梢に、
やや緑色を帯びた柔らかい光跡が幾本となく描かれた。
沢の奥ではゲンジボタルも
ひときわ明るい光を放っている。
街灯も民家の灯りもまったくない場所で、
その光芒は数十メートル離れた場所からも
はっきり目視できた。

この日は悪天候にも関わらず、
結構な人数が静かな光のショウを楽しみに集まっていた。
傘を差したそんな人々の群れもまた、
おぼろな光景に寡黙に対峙しているのだった。

衣服に止まって、そのまま光り続けるものもいる。
あまり人間を恐れないらしい。
後ろから「止まってますよ」と声をかけられ、
肩で光っていた一匹を手の上に落としてみた。
妙に人懐こい。
そっと指で触れると、お尻を光らせて登ってくる。

行き会った人にそのまま渡してあげた。
闇の中で光点が手から手へと移っていった。

帰り道、一匹のホタルがしばらく後をついてきた。
街灯の光が見えるあたりで引き返していったのは、
送ってくれたのかもしれない。


そんな、ホタル狩りの雨の夜だった。
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3月  国分寺の生息地付近

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カワニナ 3月 国分寺市


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7月 あきるの市

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腹部の発光器


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 7月 東京都あきるの市

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