higurashi0802_1.jpg (25005 バイト)
8月 東京都東村山市

ヒグラシ      Tannna japonensis
分布:北海道〜奄美大島


8月初頭のある日、
思い立ってぶらりと雑木林を訪れた。

今年の夏はセミが多い。
せわしないアブラゼミや
鼻の詰まったミンミンゼミの大合唱に迎えられ、
森の奥へと進んで行った。

どれくらい経ったろうか。
耳を圧していた彼らの声が変わっていることに気付き、
ふと足を止めた。
頭に響く金属音に混じって、
グラスの縁を指で擦るような
涼やかな音が聞こえている。

高いキーながらどこか哀調を帯びた歌声は、
ヒグラシのそれに違いない。

この時期、白昼にヒグラシの声を聞くことは少ない。

時計を見ると午後2時すこし前である。
空を見上げると
出かける時に覗いていた晴れ間はすっかり影を潜め、
一面の厚い雲に覆われていた。

薮の中に立ちどまり、辺りを見渡した。
いつしか木立は真っ暗になり、
さっきまでふらふら道案内をしてくれていた
キチョウやタテハもその姿を消している。
誰もいない暗い森には、
ただヒグラシのカンタータが谺するばかり。

私は踵を返し、出口へと向かった。
森を出るか出ないかの間に、
激しい雷鳴とともに大粒の雨が落ちてきた。
用意の雨具を取り出したが、
駅までの数分間でずぶ濡れになってしまった。

あのまま更に奥に進んでいたら
帰れなくなっていたかもしれない。
ヒグラシに助けられたような、
そんな気がした。


アブラゼミやミンミンゼミ、
ツクツクボウシが夏の陽光のBGMなら、
ヒグラシの歌はまさしく夕景や暮景に相応しい。
やや日が翳るか、
涼しくなってから聞かれることが多いのだ。
それゆえに晩夏の印象が伴う。

とある山寺で行われた高校のサークル合宿の夜。
皆がすっかり寝静まった頃に
テノールのH君は大声で宣言したものだ。

「ヒグラシは八月の終わりだ」

寝言だったのだが、
彼が果たしてどのような夢を見ていたのかは
今に至るまで杳として判らない。


ヒグラシはまた難儀な虫でもある。
この夏もカマキリやクモに襲われる場面、
あるいはこの虫に好んで寄生する
セミヤドリガを抱えた姿を幾度となく目にした。

音色の持つ寂寥感もさることながら、
他の種類以上に
セミの生命のはかなさを感じさせる昆虫である。

八月も半ばを過ぎた。

higurashi0807_1.jpg (16319 バイト)
カマキリによる捕食 8月 東京都東村山市

higurashi0808_2.jpg (12014 バイト)

セミヤドリガの寄生 8月 東京都東大和市
higurashi0807_2.jpg (23715 バイト)
8月 東京都東村山市

→INDEX    →TOP