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11月 江戸川区

ヒメアカタテハ  Cynthia cardui
分布:本州(関東以西)

11月半ば、ぶらりと海辺に出かけた。

夏には水遊びの客で賑わう浜辺も、
秋冬はひっそりと静けさを湛えている。
岩場ではないため釣り人の姿もない。
動くものは一握りの散策者の姿とウミネコの群れ。
そして沖を行く船の影だけである。

砂浜から少し離れて、
林の縁に黄色い花が一面に咲き乱れていた。
イソギクの群生である。

キク科の植物の"花"は小さな花の集まりだ。
各々の花の形は2種類に分けられる。
花びらが外に開いた舌状花と、筒状に閉じた筒状花。

たとえばタンポポの花は、その花びらの一枚一枚が
それぞれ小さな舌状花になっている。
これに対し、イソギクの花を構成するのは
すべて筒状花だ。
小さな黄色い筒がごちゃっと集まって、
この金平糖のような見てくれになっているのだ。
よく花壇やプランターに植わっている
アゲラツム(カッコウアザミ)とほぼ同じような構造である。

浜辺には潮風が吹く。
塩分は多くの植物にとって大敵だ。
このため海辺に咲く花々は、
水分を逃がさないように独特の工夫をしている。
イソギクのそれは分厚い葉だ。
ビニールじみた質感は撥水加工を思わせる。

面白いよなあ、と思って近寄った瞬間。
異臭がぷんと鼻をついた。
匂いとか香りとかいう聞こえのよいものではない。
有体に言って、くさい。
顔を近づけてみると、どうもイソギクの匂いであるらしい。

花の香りは、人為的に改良されたものを除けば、
花粉を媒介する虫たちを呼ぶためのものである。
人間にとってどう感じられるかは問題ではない。
良い匂いでも悪臭でも虫は寄ってくる。
現にイソギクの花の周りは、
ハナバエややハナアブたちでぶんぶん賑わっていた。


そんな中、つうっと舞い降りてきた一頭の蝶があった。
タテハ類屈指の美麗種、ヒメアカタテハである。

アカタテハより一回り小さく、
モザイク状の配色はより複雑で精巧な宝飾品を思わせる。
私はただちにカメラの目標をくさい花から蝶に変更した。

が、こやつもアカタテハ同様落ち着きがない。
ひとつところに留まって吸蜜するということを知らないらしい。
写真はどれも同じように見えるが、
止まっているのはぜんぶ違う花なのである。
なんてこった。

ただし、名前も見た目も似てはいるが、
アカタテハとは別属になる。
アカタテハの属名はヴァネッサだった。
こちらはシンシアだ。南沙織だな。
いずれにしても女性名なのが、
これらの可憐な蝶たちには似つかわしい。

ヒメアカタテハの幼虫の食草は、
やはりゴボウやヨモギ、ハハコグサといった
キク科の植物である。
東京湾の蝶はイソギクに産卵に来ていたのだろうか。
葉が分厚くて大変そうな気もするのだが。


おだやかな海辺の林も、
まもなく寒さの厳しい季節を迎える。
ヒメアカタテハの越冬は成虫の姿だったり
幼虫だったりして決まっていないようだ。
いずれにしても卵の状態ではない。

かれらは決して寒さに強いというわけではない。
成虫は北海道あたりでも確認されているが、
越冬できるのは関東以西になる。
それより北の国のものは、
秋が深まれば死滅してしまうのだ。

落ち着きのない蝶は、
やがて空高く舞い上がると姿を消した。

潮風にも木枯しの気配を孕む、
晩秋の海辺の光景である。
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11月 江戸川区

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