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9月 東京都あきるの市

カブトムシ(2)      Allomyrina dichotoma
分布:本州〜沖縄


カブトムシは痛い。
サイカチムシという地方名があるくらいだ。
サイカチはびっくりするほど太くて鋭いトゲの生えた木である。

野生のカブトに出会うのは久々だったので、
その辺の事情をコロリと忘れて普通に捕まえた。
下の写真でメスを持っているのと同じように、
身体の両脇に指をかけた訳だ。
途端に重戦車は暴れ出した。

連中の脚には太いトゲががっつりと生えている。
縁にかけた指は哀れ固い甲冑と
とげとげの太股に挟まれてしまった。
あたたたたた。

これが養殖ものだと大したことはない。
どちらかといえばメスの方が痛いくらいだ。
カブトの女性はオスより全体に毛深く、
がっちりしている。

しかし今回、相手は野生種だ。
その力強さはハンパではない。
一番下の写真をご覧頂きたい。
後ろ足の強大なとげ、こいつがぎりぎりと容赦なく
指先に食い込むのである。ぐぐぐぐぐ。
ワイルドの肩書きを舐めたらアカンぜよ。

自分で捕えたものを振り払う訳にもいかず、
しばしの苦悶の後、
ようやく対処法を思い出して彼を一旦幹に戻した。
そして改めて短い方のツノをしっかりと掴み、
持ち直したのである。
そうだ、これが正しいカブトの持ち方だった。

持ち運び可能となればやることは決まっている。
別の木に止まっていたオスの目の前に放してやった。
さあ、どうする。

カブトムシの角は伊達ではない。
闘うための武器である。

縄張りを荒らされたオスは露骨に不快感を示した。
一方の侵入者側は強制的に連れて来られたのであり、
本来は責められる筋合いはない。
悪いのはオレじゃねえ。日高の野郎だあ。

しかしここで弁解したり下手に出たのでは、
ちと情けない。
ヒカゲチョウだのハナムグリだのの
ギャラリーの手前もある。
おまけに近くには
麗しのメスカブトの姿も見えるではないか。
ちょっと太めだけど。
ここで逃げていては男がすたる。
売られたケンカは買うのが男の世界。うーんマンダム。

たちまち両者はがっきと組み合った。
カブトムシの必殺技はすくい投げである。
相手の身体の下に長いツノを刺し入れ、
てこの原理でエイヤと持ち上げてしまう。
今回、力の差はほぼ互角だったが、
垂直な足場では下にいた側に利があった。

転瞬、一匹の巨体が宙に舞い、
5センチばかり下に投げ飛ばされた。
勝敗は決したのである。

再度捕えて立ち合せてみたが、
すでに両者ともに戦う気はなかった。
ヒエラルキーは決まったのだ。二度はない。

勝った側は誇らしげに観戦していたメスを振り返り、
会心の笑みを投げかけたかもしれない。

しかし肝心のマドンナは、
一度私に捕まえられたのに驚いて
幹を一目散によじ登っていた。
勝負が終わった頃は、
はるか上の方で呑気に樹液を啜っていたのである。
男と女なんてそんなもんだ。

*     *     *

今回、撮影に訪れた場所はJRの管理地だった。
10年ほど前、分譲住宅にしようと買い上げた土地である。
その後バブルが弾け、計画は頓挫した。
以来、管理らしい管理をされるでもなく
放置されてきた。

今、この都下に残った
数少ないサンクチュアリを保存すべく、
付近の住民をはじめとした保護活動が行われている。

自然環境を保存するには様々な方法がある。
この地を守るボランティア達の間でも、
最低限の管理をなすべきか
完全に自然のまま隔離するべきか、
未だ意見の一致を見ないという。
いずれにせよ、この里山が
里山のままあり続けることは難しい。

ほぼ放置されている現状であっても、
自然は刻一刻とその姿を変えてゆく。
雨が降れば土砂が崩れて流れを塞き止め、
台風は樹木をなぎ倒して路を埋める。

初夏に訪れた時と比べても、
すでにその風景はずいぶん様相を変えていた。

保護にたずさわる人々のひとりから、
間もなく立ち入りは完全許可制になるだろうと聞いた。
だから来年の夏はもう
彼らには簡単には会えないかもしれない。

それでもなお
都下にカブトムシの住む森があると考えただけで、
私の胸はちょっと弾む気がするのだ。

秋が深まったらもう一度訪ねてみよう。

もちろん許可を取って、だが。

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どっせーい

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9月 東京都あきるの市

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