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8月 東京都目黒区

コフキコガネ    Melolonta japonica
分布:本州・四国・九州


夏、路上に落ちている虫というのがある。

死んでいる訳ではない。
ひっくり返って元気にじたばたしている。
どうも飛行中に何かにぶつかって落下した塩梅だ。

この手の行き倒れ君は、
近くに雑木林がある場合はカナブンが多い。
そうでなければ十中八、九は
本種コフキコガネである。

カナブンより気持ち大きいサイズの
全身にビロードの毛皮を纏った甲虫は、
やはりカナブン並によく見知った顔だ。

成長の過程で生息地が
関西→関東→関西とシフトしている私は、
身近な虫というのが途中から微妙に入れ替わっている。

コクワガタなんかは
東京に越してから知り合いになったクチで、
反対にタマムシは大阪時代に馴染みだったのに
国分寺ではすっかり疎遠になってしまった。
神戸でご近所さんになったのは、
トビナナフシやヤマナメクジである。
勝手な話だがこれはあまり嬉しくはなかった。

そんな中、コフキコガネ氏だけは
私がどこに引っ越そうがまめに訪ねて来てくれた。
関西大学傍の幼稚園に通う道にも、
国立の鉄道研究所に程近い街道の歩道にも、
変わらずお腹を向けて転がっていたものである。

人は商売上の常連客は優遇するが、
普段の生活では
顔馴染みの扱いは粗略になりがちだ。

この下手なクワガタより立派な甲虫を、
私が特別視することは絶えてなかった。
ヒエラルキー的にはゴマダラカミキリやカナブンよりも
さらに下に位置付けていたものである。

むしろ近縁のヒゲコガネの方に憧れを抱いていた。
理由はファーブルの昆虫記に出てくるからに他ならない。

子供の頃の愛読書だった
偕成社版ファーブル昆虫記のヒゲコガネの項では、
冒頭にその学名「メロロンタ・フロ」に関する疑義が
記されている。

このMelolonta は「果実畑の昆虫」の意味で、
コフキコガネ属の属名である。
上に記したように本邦産のコフキコガネは
Melolonta japonica で、
メロロンタ一族の日本代表選手だ。うお。なんかすげえ。

もっともファーブル以後の研究により、
ヒゲコガネはコフキガネと別属に分けられてしまった。
ヨーロッパヒゲコガネの学名は現在、
Melolonta fullo から
Polyphilla fullo に変更になっている。
本邦のヒゲコガネはPolyphilla laticollis 種で、
ファーブルの研究した虫とは別種なのだった。 

ヒゲコガネやコフキコガネの仲間は、
オスとメスで触角の形が異なる。
写真では上の2点がオスで、
下のクヌギの樹皮にしがみついているのは
メスのように思われる。

コフキの名は前述のビロード様の鞘翅が
粉を吹いているように見えることに由来する。
写真にもあるように、
なぜか胸元から頭にかけては
一部毛が禿げたようになっているのが普通だ。

拾った一匹を指に止まらせてみた。
彼はしばらくの間触角を開いたり閉じたりしながら
手の上をもそもそ歩き回り、
やがて不満を感じたように足をばたつかせて落下した。

なるほど。こうして行き倒れ君が出来上がるのね。

そのままにもしておけないので、
再度捕えて空に放してやった。
日本代表は羽を唸らせ、
いずこともへなく飛び去った。

ひとりアスファルトに立ち尽くし、
私は静かに祈った。

彼がふたたび行き倒れになりませんように。
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8月 東京都文京区
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 8月 東京都東村山市

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