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コクワガタ       Macrodorcas rectus rectus
分布:北海道〜屋久島


夏、デパートの上の階に行くと、
オオクワガタという名前の昆虫が一匹づつケースに入って
数万円で売られているのを見ることができるだろう。
そして、その傍らに無造作に置かれた
30センチほどの大きさの水槽には、
ぞんざいな走り書きのラベルが貼ってあるに違いない。
「コクワガタ \500」

コクワガタは普通種中の普通種である。
珍しさの程度から言えばアメンボやカナブンと大差はない。
しかし、レア物じゃないから値打ちがないとかいうのは
オトナの価値基準というものだ。

名前ゆえに小者と誤解されがちだが、
日本産のクワガタとしては特に小さいというわけではない。
まれに5センチオーバーの個体にも巡り合える。

写真のオスは5センチ弱程度のものだが、
なかなかどうして堂々たる風格だ。
やや赤味を帯びたフラットな金属光沢は、
メカニックな重厚感を醸し出す。
つまみ上げると大あごをカッと開いて威嚇した。
生意気な。
そのような虚仮嚇しに動じるような私だと思うてか。

オスの大アゴは見た目こそ華麗なものの、
挟まれたところで大して痛くはない。
むしろメスの小さいアゴで噛まれた方が痛いし血も出る。

少年時代を過ごした国分寺では、
近所で採れるクワガタの中では2番目に人気があった。
1位はより重量感のあるヒラタクワガタである。
稀に採れるノコギリクワガタは立派ではあるが、
ヒラタに比べるとどことなく存在が軽かった。
その辺のデパートで普通に売られていたのも、
いまいち人気薄な理由のひとつだったかもしれない。
自分で採るクワガタの方が、
売っているクワガタより偉い気がするものである。

ヒラタより上位に位置する羨望の対象はミヤマクワガタで、
これは国分寺のような半端な住宅地では
まず見つけられなかった。
オオクワガタに至っては、
外国産のカブトムシ同様「図鑑の中の虫」でしかなかったし、
その頭でっかちなシルエットはなにやら鈍重そうで
興味の対象にはならなかった。

あれから幾星霜、オオクワガタはずっと身近な存在になった。
ただし5ケタの値札付きで。
そして学校の帰り道に
ヒラタやコクワを採りに行った近所の景色は、
いつしか現実感を失い
セピアに色褪せている。

森で行き遭った親子連れに声をかけられた。
「何か見つかりました?」
「いや、あまり見ませんね」
「ですよねえ。今年は虫は少ないみたいですよ」
虫篭を下げ、額に汗を浮かべた若いお父さんは
それでも楽しそうだった。

おそらくは彼に手を引かれていた男の子よりも。

数カットを撮った後、
コクワガタは雑木林に放した。


彼は仔細ありげに触覚を動かすと、
悠然とクヌギの落ち葉の中に帰っていった。

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8月 東京都東村山市

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