himebachi_sp1026_2.jpg (20935 バイト)
10月 東京都文京区

クロヒゲフシヒメバチ   Acropimpla persimilis
分布:北海道〜九州


10月末、枯れ始めたナツメの木に一匹の蜂が拠っていた。

ハチ類は種類も多い上に全体にサイズも小さく、
普通に生活している分にはなかなか
興味の対象にはなりにくい。
私も決して詳しいとは言えない。

んでもなぜかその1センチほどの大きさの蜂が気になって、
しばらく見つめていた。

蜂は軽やかに枝の周りを飛んでいたが、
一枚の枯れ葉に止まるとやおらその腹部を「く」の字に曲げ、
お尻の剣を突き刺したではないか。
産卵行動だ。

樹木に卵を産み付ける蜂の代表的なものは、
キバチやハバチである。
木につく蜂だから木蜂。葉につくから葉蜂。
あまりにも直球なネーミングだ。

この蜂も最初はそのたぐいかと思っていた。
ただ、その産卵のポーズが少々引っかかる。
腹部を折り曲げて「よいしょ」と針を刺すその様子は、
どうも他の昆虫を狩る
カリュウドバチのそれに近い気がしてならない。

私は数葉の写真を押えておき、
後日図書館に出向いた。
調べてみて改めて判ったのは、
キバチやハバチの仲間には
腰のくびれがないという事実だった。
一番下の写真にある通り、
問題の蜂は胸部と腹部の間に明瞭なくびれがある。
ってえこたあ、此奴はキバチやハバチではない。

しかしそれら植物食のハチでなければ、
なぜに枯れ木に卵なぞ産んでおるのか。

はてな、と思って図鑑を濫読するうち、
とある図版で手が止まった。

クロヒゲフシヒメバチ
Acropimpla persimilis
(標準和名をクロヒゲオナガヒメバチ 或いは
クロヒゲフシダカヒメバチとする資料もあるが、
ここでは保育社の原色標準図鑑に従う)

初めて聞く名前だったが、
ヒメバチの仲間なら旧知の間柄だ。
代表的な一種、アゲハヒメバチ Trogus mactator は、
アゲハの幼虫に卵を産み付けることで知られている。
孵化した子はアゲハの幼虫の体内で育ち、
最後にさなぎを食い破って羽化してゆく。
子供の頃、
アゲハチョウが華やかに登場する筈のさなぎから
忽然と小さな黒い蜂が出現し、
腰を抜かした覚えがある。

そう、ヒメバチ類は他の昆虫に寄生して育つ
寄生バチの一族なのだ。

資料によればクロヒゲフシヒメバチの寄生相手・
宿主はクワノメイガをはじめとする小蛾類であるという。

ここで2枚目のストロボ拡大写真をよく見ると、
産卵姿勢を取るヒメバチの足元の細い枝の下に
くもの巣のような糸が写っているのがわかる。
そうか。これは蛾の幼虫の吐いた糸だ。

秋から冬にかけて、
生命の泉の枯れたように見える樹木には、
冬越し支度の蛾の子供たちが隠れひそんでいたのだ。
ヒメバチの母虫はそんな彼らを目ざとく見つけ出し、
卵を産み付けていたのである。


そんなヒメバチの生態ではあるが、
一部の研究者にはよく知られている。
農業の世界では、
大事な作物の葉を食べてしまう蛾や蝶の幼虫は
害虫にほかならない。
それゆえ彼等の天敵であるヒメバチの仲間は
ありがたい益虫なのだ。
このため研究機関では
いわゆる生物農薬としての効用が
調べられているのだった。


ハチの仲間は
もっとも進化のすすんだ昆虫であるとされる。
社会生活を営むもの、他の昆虫を狩るもの。
その変化に富んだ複雑な生きざまに興味はつきない。

かのエイリアンの生態も、
寄生バチがモデルであるような。
そう思うとこの小さい蜂もちょっと怖いような。
himebachi_sp1026_1.jpg (14490 バイト)
himebachi_sp1026_3.jpg (18737 バイト) 10月 東京都文京区

→INDEX    →TOP