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樹液の酒場にちょっと珍しい客が来ていた。 |
この一見単なるまっ黒なカナブンは、 れっきとした独立種なのである。 言われてみれば確かに色の感じがずいぶん違う。 カナブンはやや艶消し気味の メタリックな金属光沢を放つが、 クロカナブンのそれはペンキを塗ったような黒色だ。 革靴っつーかエナメルの色彩である。 黒い昆虫は数あれど、 この質感はあまり他に思い当たらない。 ために独特の存在感を放っている。 図鑑をひもとけば、クロカナブンの項には 「カナブンよりややまれ」の記述がみられる。 夏の雑木林では屈指の人口密度を誇る カナブンと比べられちゃアレだが、 確かにいまいちポピュラーな虫ではない。 私もちゃんと出会ったのは今夏が初めてである。 「ちゃんと」と但し書きをつけたのは、 子供の頃は出会っても黙殺してた可能性があるからだ。 なんせクワガタ命の虫採りである。 カナブンやハナムグリのたぐいには 目もくれませんでしたともさ。 カナブンのスコップ状の頭は、 樹液の染み出すくぼみに突っ込むのに特化している。 割り込みの際にもたいへんに有利であり、 実際酒場における彼らは非常に貪欲で強引だ。 この日出会ったクロカナブン氏も、 酒樽に頭を突っ込むのに余念がなかった。 尻が完全に浮いていたくらいである。 しばらく待ってみたが一向に顔を出す気配がない。 やむなく胴体を掴んで引きずり出した。 夕餉の中断を余儀なくされたクロカナ氏の怒りは 尋常ではない。 いや私だって邪魔したくはなかったが、 放っとくと永遠に食事中やんけ君。 手足をぶんぶん振り回して大抗議である。 けっこう力は強い。 普通のカナブンより抵抗が激しい気がする。 さらには吸ったばかりの樹液をお尻から垂れ流す騒ぎだ。 ああおそろしい。 とりあえず顔写真などを撮り、 幹に戻してやった。 クロカナ氏は駆け出すと、 ぶうんと飛び立ち樹を2、3周してみせた。 羽音から察するにブーイングに違いない。 ひとしきり文句を垂れた後は、 ふたたび樹液に舞い戻って食事の続きである。 そんな欲深なクロカナブンではあるが、 見てくれはなかなか格好がよろしい。 黒い背中は午後の陽光を浴びて鈍く光っていた。 もうすぐ夏が終わる。 |
カナブン(緑色型) 東村山市 |
顔はカナブン 8月 東京都東村山市 |