熱帯夜の闇の中、
仄かな光を求めて舞う薄青い大きな鱗翅。
それはどこか冥界の使者の風情すら漂う、
一種幻想的な光景である。
そんな行動パターンからも察せられるように、
オオミズアオは蝶ではない。
鱗翅目の一方の雄、蛾の仲間なのだ。
でも、そう告げてしまうと、
つい今しがた「綺麗な蝶」と言った筈の口からは、
どこか落胆したような声が漏れてしまうのだった。
「ふーん。蛾なんだ」
蛾と蝶の分類は今ひとつ定かではない。
昼間飛ぶ蛾もいれば、翅を開いて止まる蝶もいる。
ここはひとつ、そんなカテゴリに囚われることなく
「綺麗だなあ」と思った最初の感想を大事にして欲しい。
北杜夫はその著書の中で
この美しい蛾の翅の色に言及している。
「うす曇りの夜、窓硝子にたくさんの蛾が
灯にひかれて集まっているなかに、
ひときわ大きな水色のこの蛾が、
硝子戸の桟にじっととまっていたりする。
その色彩はたしかに日の光によって生れたものではない。
月や星の光、
いや、それはやはり幽界の水のいろなのであろうか。」
(「どくとるマンボウ昆虫記」新潮社)
幽界の水の色彩を持つ蛾は、
5月の陽射しを避けて葉の裏にその身を休めていた。
翅のくたびれ具合から見て、
もうあまり先の長い身体ではないだろう。
近寄っても微動だにせず、
ただひたすら日が落ちるのを待っているようだった。
彼は月の光を浴びて再び飛べただろうか。
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