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オオミズアオ       Actias artemisi
分布:本州以南

ビル街の緑地の小枝に、
大きな虫が止まっていた。
老齢らしく翅の縁はぼろぼろだ。
それでもアゲハ蝶より一回り大きいシルエットは
堂々たる存在感を放ち、
両の翅はその名の由来である淡い水色を帯びて
陽光の中に煌いていた。

初めてオオミズアオを目にする人は言うだろう。
「わあ大きい。綺麗な珍しい蝶がいるよ!」

確かにこうやって陽の光の下で
彼らに出会うケースは珍しい。
オオミズアオは基本的に夜行性である。
5月〜8月、年に2回発生するこの昆虫に親しい景色は、
晩夏の夜の街灯だ。


熱帯夜の闇の中、
仄かな光を求めて舞う薄青い大きな鱗翅。
それはどこか冥界の使者の風情すら漂う、
一種幻想的な光景である。

そんな行動パターンからも察せられるように、
オオミズアオは蝶ではない。
鱗翅目の一方の雄、蛾の仲間なのだ。

でも、そう告げてしまうと、
つい今しがた「綺麗な蝶」と言った筈の口からは、
どこか落胆したような声が漏れてしまうのだった。

「ふーん。蛾なんだ」

蛾と蝶の分類は今ひとつ定かではない。
昼間飛ぶ蛾もいれば、翅を開いて止まる蝶もいる。
ここはひとつ、そんなカテゴリに囚われることなく
「綺麗だなあ」と思った最初の感想を大事にして欲しい。

北杜夫はその著書の中で
この美しい蛾の翅の色に言及している。

「うす曇りの夜、窓硝子にたくさんの蛾が
灯にひかれて集まっているなかに、
ひときわ大きな水色のこの蛾が、
硝子戸の桟にじっととまっていたりする。
その色彩はたしかに日の光によって生れたものではない。
月や星の光、
いや、それはやはり幽界の水のいろなのであろうか。」
(「どくとるマンボウ昆虫記」新潮社)

幽界の水の色彩を持つ蛾は、
5月の陽射しを避けて葉の裏にその身を休めていた。
翅のくたびれ具合から見て、
もうあまり先の長い身体ではないだろう。

近寄っても微動だにせず、
ただひたすら日が落ちるのを待っているようだった。

彼は月の光を浴びて再び飛べただろうか。

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5月 東京都千代田区

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