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8月 東京都練馬区

セグロアシナガバチ    Polistes  yokohamae
分布:本州〜八重山諸島


1、2歳の頃、京都に住んでいた。

宿舎の多かったわが住居履歴では数少ない一軒家である。
つっても父は転勤族だったので、
郷里でもない京都に家を買うはずもない。
借家だったのだろう。

さすがにその頃となると記憶らしい記憶はほとんどない。
京都のどの辺に住んでたかも知らん。
後付けでぼんやり伏見桃山だったような気がしている。

覚えているのはごく断片的な映像ばかりだ。
どこか寒々とした、湿気の多い暗い家の中。
壁に這うヤモリ。
私はこの地で小児喘息を患ったのだった。

それらの苔生した記憶の中に、
軒先に下がったアシナガバチの巣があった。
小さなシャワーヘッドのような、
灰色の紙細工。

ハチの巣はペーパークラフトである。
女王は大きなあごで木くずを齧り取ると
自分の唾液で練ってパルプを作り、
器用に巣を作ってゆく。
決して計算された設計ではないが、
その造形は面白く人目を引く。

巣作りはまず支えになる部分から始め、
周りに育房と呼ばれる部屋を増やしてゆく。
巣が繰り返し使用される場合は
どんどん新しい部屋をくっつけてゆくので、
端の方は潰れてしまったりもする。

育房の六角形は、よく知られているように
周りから均等に力がかかるために自然に出来るものだ。
従って力が偏るとひしゃげる。
基部の周りに均等に作ってゆけば問題はなかろうが、
さまざまな事情があってそうも行かない。
建て増しは少々無計画に進められてゆく。
九竜城のようなものだ。

もっとも、巣の形はハチの種類によっても異なる。

国内に3属11種が生息するアシナガバチは、
分類的にはスズメバチ科に属する。
人を刺すこともあり、
民家近くに営巣するため怖がられることも多い。

しかしその攻撃性はミツバチと大差はない。
アシナガバチが刺すのは、
触られた時と巣にちょっかいを出された時くらいである。
私も今に至るまで刺された経験はない。

自治体等の認識では、
害虫を退治する益虫としての側面も鑑みて
駆除は控えているようだ。
人間と共存共栄が可能な虫、という訳である。

とはいえ自宅周辺を、
この警戒色に塗り分けられたハチが
ぶんぶん飛んでいるさまはあまり愉快ではあるまいが。

夏の午後、
駐車場に並べられた杭の一本に
長い脚を踏ん張って止まっているハチを見つけた。
ほっそりとした無駄のないシルエットには、
鍛えぬかれた鋼のような美しさすら漂う。
今思えば巣作りのために
木くずを齧り取っていたのだろう。

それは種の保存と繁栄のために
せっせと働く母の姿だった。


喘息持ちになった私に対し、
医師は転地療養を薦めたらしい。
一家は京都を引き払った。
移転先の大阪で、
私の喘息が嘘のように治ってしまったのは幸いである。

だから、
あの暗い家の軒先に下がっていた
小さなハチの巣のその後は判らない。

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9月 東京都東村山市
seguroashinagabachi0803_1.jpg (14660 バイト)
8月 東京都練馬区

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