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タイコウチ       Laccotrephes
japoniensis
分布:本州以南

Water scorpion、すなわち水サソリの英名を冠した、
水底に潜む殺し屋である。

平たい身体は降り積もった落ち葉に擬し、
気配を殺している。
写真を撮る前に少し綺麗になってもらったが、
洗う前はまんべんなく底泥を身に纏っていた。
ちょっとやそっとで獲物や外敵に見つかるタマではない。

彼はカマキリのように積極的に狩りに出かけることはせず、
ただ息をひそめて生贄が通りかかるのを待っている。
相手が射程距離に入るや否や強大な鎌が一閃し、
鋭い口吻を突き刺して体液を吸いとってしまう。

太鼓打ちの名は前脚の動きをユーモラスに評したものだが、
その乱れ打ちは獲物を捕えて離さぬ死の舞踏なのだった。


街の子供たちにとって、
水生昆虫は憧憬の対象のひとつである。
身近に彼らの棲めるような環境がないのだ。
仮に生息していたとしても、
護岸工事を施された河川では触れ合うこともままならない。
私が最初にタイコウチに会ったのは、
実にデパートの昆虫売場だった。

先日武蔵野を流れる野川の岸辺を歩いていて、
何かの拍子にふと水底の景色に目を止めた。
底泥にひとつ奇妙な落ち葉が沈んでいたのだ。

冒頭に記した水サソリの名は、
お尻についた長い剣に由来するものと思われる。
しかしサソリの尻尾は毒液の注射器だが、
タイコウチのそれは武器ではない。

かつて忍者は水遁の術を用いる際、
細い竹の節を抜いたものを利用した。
水中に潜り、竹の先だけをシュノーケルよろしく
水面に出して呼吸するのである。

そしてタイコウチの剣尾もまた呼吸管なのだった。

その落ち葉からは、
3センチ程の細い柄のようなものが生えていた。
柄の先は水面に達していた。
私はやおら手近な枯れ枝を拾うと、
この水中の忍者と格闘を始めたのである。
タイコウチ君は陸上のカマキリ同様、引くことを知らない。
蛮勇を奮って釣竿に挑みかかった。

数分の後、吸血鬼は陸上に引き上げられた。
近くの流れで軽く泥を洗い流し、
モデルになって頂いた次第である。

撮影後、深みに去っていった悠揚迫らぬ足どりは、
さながら解放された敗軍の将といった趣きであった。

まだ野生のタイコウチに会える。
東京の川も捨てたもんじゃない。

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3月 東京都小金井市

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