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10月 あきるの市

テングチョウ  Libythea celtis
分布:日本全土

テングの名を持つ生き物はいくつかある。

ぱっと思いつくのはテングザルやテングカワハギ、
テングザメにテングチョウにテングノムギメシ、
天狗巣病菌にテングビーフジャーキーか。
ビーフジャーキーは生きてないよ。

おしまいの3つは別にして、
残りはその「テングっぽい」風貌に由来する命名である。

しかし、このうち実際に鼻が長いのは
わずかにテングザルのみだ。
後のものは長いのは口吻であり、
どちらかといえば口が突き出ている。

テングチョウも例外ではない。
その顔を見ると、天狗というよりは馬面である。

とはいえ虫や魚はそもそも
鼻らしき部位がいまいち不明だ。
口が尖っているものがテング面と認識されてしまうのも
仕方ないといえば仕方がないのだった。

鼻が長いといえばゾウも長い。
アフリカのコンゴ川には、やはり鼻が長いってんで
「エレファントノーズ」の名を持つ魚がいる。
象鼻だ。
独特の姿かたちで観賞魚としての人気も高い。
けれどこやつもよく見ると「鼻」の先に口があり、
本当はくちばしが突き出ているだけなのだとわかる。
かれらはこの細長い口先で川底の泥を探り、
餌を採るのだった。


てな訳でまずは名前が印象的なテングチョウなのだが、
飛んでいるところを見ても実は大して鼻は目立たない。
花に止まっていても、せいぜい
「何となく頭が尖ってるなあ」と感じる程度である。

むしろ強い印象を残すのは、その鱗翅の美しさだ。

決して大きな蝶ではない。
翅を広げた開帳はわずかに3センチ弱。
ウラギンシジミより心持ち大きい程度だ。
だが、花の周りを落ちつかなく舞うときには、
オレンジ色の斑紋と白い星が
鮮やかに観察者の目に飛び込んでくる。


10月も半ばを過ぎた頃、
湿地に咲き乱れる白いミゾソバの花の中に
特徴的な本種の舞姿があった。
色彩はタテハ類にも似て暮色を帯び、
どこか秋の空にふさわしいたたずまいである。

が、今年この蝶に会うのはこれが初めてではない。
春らしい景色になりはじめた3月、
やはりこの場所でテングチョウを見かけている。
右下の写真はそのときのものだ。

蝶の発生周期には色々なパターンがあることは
既に何度か述べた。
テングチョウが成虫になるのはだいたい年一回、
初夏の6〜7月頃なのである。
しかし夏場に本種に出会うことはまずない。
彼らは羽化したとたん夏眠に入ってしまうからだ。

そして秋風立つ頃になってようやく眠りから醒め、
こうして秋の花々を吸蜜してまわるのだ。

やがて次第に寒さがつのり、冬を迎えると
驚いたことに今度は冬眠してしまう。
次の目覚めは翌年の春になる。
雪が溶け、日差しが暖かくなってくると
再びふらふらと出てきて
春の花々の間を舞うのだった。

だから我々の眼に触れるのは、春と秋の年2回になる。
とはいえ2回羽化しているわけではないので、
春型も秋型もない。
強いていえば全部夏型だ。
寝てばっかいるだけで。
不思議な生活サイクルを送る蝶である。

今、目の前をせわしなく飛んでいる同じ蝶に、
また来年の春には会えるのかもしれない。

冬の訪れを待つ、
テングチョウのひとときの憩いの風景である。
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10月 あきるの市



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3月 あきるの市

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