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アシグロツユムシ 9月 あきるの市

ツユムシ  Phaneroptera falcata
分布:日本全土

草原で遊んだ経験のある人なら、
たいがい見覚えがあるだろう。
いわゆる「なんてことないバッタ」の仲間である。

もっとも虫なんぞに興味のない向きには、
オニヤンマだろうがカブトムシだろうが、
すべからくなんてことない生き物なわけだが。

しかしツユムシ類のなんてことなさは
結構群を抜いている。
同じバッタの類でも、トノサマバッタはもちろん
ショウリョウバッタやオンブバッタ、
キリギリスやイナゴなどの認知度はそれなりに高い。
ところがツユムシとなると、
どこにでもいる割にちっとも名前を知られていない。

何かこう、絶妙に興味を引かない虫なのだ。

トノサマやショウリョウのように
派手なジャンプをする訳でもないし、
キリギリスのような陽気な怠け者の音楽家でもない。

いや、本当はちゃんと発音器を持っているのだが
その鳴き声に気づく機会はまずない。
図鑑には「"プツン"と鳴くが、ほとんど聞き取れない」とある。
鳴き声かそれ。
何かブチ切れてんのと違うか。

とはいえバッタはバッタである。
細かいことをいえばツユムシは
ウマオイやヤブキリ、クサキリと共にキリギリス科であり、
トノサマやイナゴなどのバッタ科とは別物になる。
んでも子供にとっては草むらの緑色の虫は
カマキリでなければバッタだ。
一応虫捕りの対象にならないでもない。

だが、これらバッタ系の連中は
子供にはあまり人気がない。
げぼを吐くからである。


昆虫類を捕まえるときは胸元を押さえるのが基本だ。
ところがこの連中の胸を両側からつかむと、
口からなんか出すのである。
こいつはいただけない。

子供は日常的にげぼを吐くものだが、
好んでやっているわけではない。
身体が未完成なので、
一種の防衛反応として戻してしまうのだ。
いやだし辛いし愉快な記憶はない。
何かっつうとすぐげぼを吐くような虫に
好感を持てようはずもないのだった。


あまり関係ないが、本邦博物学の巨星・南方熊楠は
胃の内容物を自由に出し入れできたという。
要はいつでもどこでもげぼが吐けるのだ。
彼はこの恐るべき特技を喧嘩の際に用いた。
水木しげるは「猫楠」の中で、
熊楠が大英博物館にいた時分に
仲の悪かった同僚にげぼを噴射した挿話を記している。
大英帝国の権威も何もあったものではない。

キリギリスやバッタが口から出す液体は
別にげぼではない。
げぼげぼ言うな俺。
テントウムシが関節から出す黄色い汁と同様、
危急の際に敵の目を逃れるための
一種の目くらましなのだ。

してみると熊楠も
バッタに近い人間だといえるかもしれない。


人気薄のバッタ類の
存在感の希薄なツユムシであるが、
そのスレンダーな身なりはなかなか格好がよろしい。
胸元に蝶ネクタイなどをあしらっても似合いそうだ。
ただしスマートな分、少々ワイルドさには欠ける。
華奢なのである。
弱々しいと言ってもいい。

私たちのイメージにあるツユムシは
どこか被害者然としている。
カマキリに捕まっている図がこれほど似合う虫も珍しい。


もちろん当のツユムシは、
そんな人間の勝手な印象など意に介するはずもない。
たいがい明るい白昼の草原で、
背の高い草に呑気そうに止まっているのである。

その様子はちょっと伊達な風来坊っぽくもある。
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クサキリ   9月 武蔵村山市





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 ツユムシ 9月 武蔵村山市

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