Notes/10
ラピスラズリ(青金石)
Lazurite














(Na,Ca)7-8(Al,Si)12(O,S)24
[(SO4),Cl2,(OH)2]
深いマリンブルーを称する色の名前、
「瑠璃」は本来この鉱物を指す言葉である。
古代より聖なる石として人々の崇拝を受けてきた。
ラピスは群青、ラズリは石を表わす。
化学組成的にはずいぶん複雑な構造を持つ珪酸塩鉱物になる。

鉱物学的な英名はラズライトLazuriteであるが、
このスペルのrをlに変えただけの
ラズーライトLazulite(天藍石)という鉱物があり、
たいへん紛らわしい。
以前紹介した藍銅鉱のアズライトAzuriteもちょっと似ている。

現在でもラピスをお守りにする風潮は廃れておらず、
デパート等では例によって小石サイズの研磨品が
安価で売られている。
が、あまり安いものは注意が必要だ。
古くから親しまれている分、
まがいものもまたかなり身近な存在なのであった。

まがいものとは言わないまでも、
樹脂を染みこませて色を濃くしてある場合も少なくない。
とはいえ、天然ものでも程度のよいものは
眼を疑うようなあざやかな瑠璃色を示す。

写真1をご覧頂きたい。
塊状のみごとなラピスの標本である。
写真2の部分拡大に見える金色の粒は黄鉄鉱。
青地に映える様は天の川の星のようだ。

写真3、4は本鉱の結晶標本である。
塊状のそれに比べると産出がまれなため、
以前はかなりな高値で取り引きされていたらしい。
「ゼロがひとつふたつは多かったもんですよ」とは
堀秀道先生の弁である。
しかし最近はそれなりの量が出回るようになり、
価格も落ち着いて求めやすくなった。

結晶はざくろ石に似た形を示す。
透明感こそないが、
我々の祖先を魅了してきたその色彩はやはり美しい。
写真1
写真2
写真3
写真4






透輝石
Diopside










Ca(Mg,Fe)Si2O6
透明な輝石だから透輝石。
普通は無色透明や淡黄色だが、
少量のクロムを含むものは写真のように濃緑色となり、
品質の良いものはカットされて宝石にもなる。

化学式の(a,b)の話は以前も触れた。
透輝石の成分のマグネシウムより鉄が多くなり
化学式中の(Mg,Fe)が(Fe,Mg)になると
灰鉄輝石Hedenbergiteという鉱物になる。
box.9の緑鉛鉱とミメット鉱の関係のように、
透輝石と灰鉄輝石の間もまた連続しており
中間的なものが存在する。

どちらとも決められない場合はとりあえず
サーラ輝石Saliteと呼んでおく。
これはいわゆる正式な鉱物の名称ではないが、
便宜上に存在する名前だ。

このような呼び名を「野外名」といい、
水酸化鉄の総称である褐鉄鉱Limoniteをはじめ
けっこうよく使われている。

透輝石の英名Diopsideはダイオプサイドと読む。
翠銅鉱Dioptase(ダイオプテース)とちょっと似た名前だ。
これは両方ともギリシア語のdiopsis(透明な)に
由来しているためである。
写真1
写真2


ヘリオドール(緑柱石)
Heriodor
(Beryl)







Be3Al2Si6O18
ベリリウムとアルミニウムの鉱物、
緑柱石Berylはれっきとした宝石である。
最も有名なのはエメラルドだ。
エメラルドの鮮やかな緑色を帯びた柱状結晶があるがゆえに、
緑柱石という和名がつけられたのである。

ところが例によってエメラルドの緑色は自色ではない。
副成分のクロムとバナジウムによる発色である。

そんな訳でベリルには様々な色彩のものが存在する。
ここに紹介する黄色透明な柱状結晶もそのひとつだ。
ギリシア語の太陽に由来する
ヘリオドールという名で呼ばれている。
この他、水色透明のものをアクアマリンAquamarine
ピンク色のものをモルガナイトMorganite
濃赤色のものをレッド・ベリルRed Beryl
無色のものをゴシュナイトGosheniteと呼び、
いずれもカットされて宝石になっている。

その六角柱状の結晶形はあまりにも均整がとれており、
こうやって母岩から分離したものが置かれていると
まず天然の鉱物には見えない。
写真1
写真2
アクアマリン(緑柱石)Aquamarine
(Beryl)











Be3Al2Si6O18
私が最も好きな宝石はアクアマリンである。
水泳部の血が呼ぶのかもしれない。

宝石商の店頭に並ぶアクアマリンは
いずれも見事なスカイブルーに染まっている。
しかし天然に産出するアクアマリンはあまり色が濃くない。
宝石としての価値はほぼ色の濃さで決まるので、
最近は中性子を照射して色を濃くしているのだそうだ。

鉱物標本としての価値もだいたい色の濃さに準じている。
従って写真の標本は
白雲母の中に立派な結晶が林立する
美品であるにも関わらず、
値段はたいへんに手頃なものになっていた。
中国産ということもあるかもしれない。

中国産の鉱物標本は数多く出回っているが
正確な産地を明らかにしない等の謎があり、
いずれも他の産地のものより
やや安価な傾向があるように思う。

とはいえ、なんぼ色が薄いと言っても
これでは殆ど無色透明である。
思わずアクアマリンというよりは
前述したゴシュナイトのラベルを貼るべきではないかと
首を傾げてしまった。

ただしゴシュナイトと呼ばれるものは
少量のセシウムを含む傾向があるとされているので、
写真の標本は成分的な理由で
アクアマリンとされているのかもしれない。

とりあえず通称を何と呼ぼうが
分類学的にはベリルであることに変わりはない。

結晶形はヘリオドール同様六角柱である。
トルマリンに似ているが、条線が入らない点が異なる。
写真1
写真2
写真3
トルコ石
Turquoise




 
CuAl6(PO4)4(OH)8+4H2O
ラピスラズリと並んで古くから人類に愛された青い石。
こちらもターコイズ・ブルーという色の名前になっている。

但しラピス同様にまがいものの歴史も古い。
トルコ石の場合は市場で見かけるものの大半が
樹脂着色が施されたものであるという。
この標本はたぶん真正のトルコ石の色だと思うが、
いまいち自信はない。

ラピスのような派手な結晶は見つかっておらず、
塊状もしくは皮膜状のものが殆どだ。
まれに微細な結晶標本を見かけることがあるものの、
完全にルーペや顕微鏡の世界である。

日本では栃木県の文挾クレー鉱山で
皮膜状のものが見つかっており、
たまにショップにも並ぶ。
写真1
かんらん石(オリビン)
Olivine







(Mg,Fe)2SiO4
Olivineはオリーブに由来する言葉だ。
日本語のかんらん(橄欖)も植物名である。
美しいものはペリドットと呼ばれ、宝石になる。

いくつかの産状が知られているが、
ここに示す標本は灰色の火山岩中に
結晶の集まった塊がごそっと入っているパターンである。
このような塊はノジュール(団塊)と呼ばれ、
鉱物の産状としては珍しくはない。
アリゾナ州は本鉱の有名産地のひとつで、
鉱山はインディアンの自治区内にある。
ここは白人の立入が禁止されているため、
ノジュールを割って本鉱を採取するのは
現地の人々の仕事になっている。

このタイプの標本は大きいものが多くて持て余しがちだが、
たまたま安価な4センチ大ほどのものを入手できた。
写真2のように拡大すると
じゅうぶん宝石クラスの見ごたえがある。
写真1
写真2
方解石
Calcite














CaCO3
方解石は菱面形のへき開片をbox.1の最初に紹介した。
しかしこちらはまたずいぶんと趣の異なる標本である。

方解石の化学組成はCaCO3だが、
鉱物界にはこれとまったく同じ化学式で表わされる
霰(あられ)石Aragoniteというものがある。
ルチルや鋭錐石の項で触れた
いわゆる同質異像の関係だ。

例えば貝殻やサンゴの成分は
炭酸カルシウムCaCO3であるが、
その結晶構造は霰石になっている。
霰石は生物界の中に存在する、メジャーな鉱物なのだ。
ちなみに人間の骨や歯はCa5(PO4)3OHで、
水酸基を含む燐酸カルシウムである。
これは鉱物的には水酸燐灰石Hydroxylapatiteに該当し、
box.3で紹介した弗素燐灰石と同じ燐灰石グループに属する。

ところが、生物界に広く存在している割に
鉱物としての霰石の産出は方解石よりもまれである。
これは霰石というものの安定度がやや低く、
時間が経つうちに構造が変化して
方解石に変わってゆくという性質があるからである。
従って貝化石などはすでに方解石化している場合が多い。

写真の標本は堀秀道先生のお店で購入したものだ。
先生の話によれば、
これは本来霰石として出来たものが、
方解石に変わってしまった例であるという。
先生は紫外線を発する機械(ミネラライト)を引っ張り出し、
テーブルの下でこの標本に照射して見せてくれた。
とげとげの塊は紫外線を受けて青白い光を放っていたが、
下の方に差しかかったところで
蛍光色が鮮やかな緑に変わった。
「ああ、ここはまだ霰石のままなんですよ」。

岩石のすきまにこのようなサンゴ状で産出する霰石を
特に「山サンゴ」と呼ぶ場合がある。
写真1
写真2
柱石(スカポライト)
Scapolite








非常に軽い鉱物である。
比重は2.6〜2.8で、手に持った感じではもっと軽い気がする。

柱石Scapoliteはざくろ石や長石と同様、
単独種を指す名前ではなくグループ名である。
但し、ちょっと紛らわしいのだが
先に挙げた緑柱石や紅柱石とは特に関係はない。

柱石グループに属するのは
ナトリウムを主成分とする曹柱石Marialiteと
カルシウムを主成分とする灰柱石Meioniteの2種類である。
いずれも特徴的な四角柱状の結晶を示す。

化学組成は曹柱石がNa4(AlSi3O8)Cl、
灰柱石がCa4(Al2Si2O8)3(CO3)で微妙に異なるが
両者の関係は連続しており、中間的なものも存在する。
この標本のラベルには「柱石」としか書かれていないので
どちらと判断すべきかは判らない。
肉眼的な印象では灰柱石のように思える。

無色透明または淡黄色のことが多いが、
まれに紫色を帯びることがある。
本鉱もまた宝石たりうる美しい鉱物である。
写真1
閃亜鉛鉱
Sphalerite
























ZnS
石英と方解石の結晶の中に、
赤褐色を帯びたやや透明感のある鉱物が顔を覗かせている。
重要な亜鉛の鉱石、閃亜鉛鉱の結晶だ。

本鉱はbox.1で既に紹介ずみであるが、
外観がずいぶん異なる点に注目して頂きたい。
box.1の方はフラットで真っ黒な不透明の鉱物だった筈だ。
ちなみにこの標本はまだ判りやすい方で、
場合によっては真っ白や無色透明の結晶で産することもある。

同じ硫化亜鉛の鉱物でありながら、
なにゆえこのような違いが生じるのか。
この欄の文章にここまでお付き合い頂いた奇特な方ならば
すでにお気づきだろう。
これらは化学式には現れない副成分の仕業なのである。

亜鉛Znと硫黄Sのみからなる純粋な本鉱を合成すると、
まったく無色透明の結晶ができあがる。
しかしながら、このような純粋結晶は天然にはまず産出しない。
閃亜鉛鉱は通常その成分中に微量の鉄を含んでおり、
この鉄分の割合が発色の決定権を握っているのだ。

box.1のような黒色不透明のものは非常に多くの鉄を含み、
鉄閃亜鉛鉱Marmatiteという亜種名を持っている。
逆に鉄分が少なくなると写真の標本のように褐色透明になり、
さらに少なくなると黄色になる。
このように褐色で透明感のある産状は、
べっこうのような外観を呈するため
べっこう亜鉛と通称されている。
また、黄褐色になった本鉱は松脂様の樹脂光沢を示すため
鉱山関係者は「ヤニ」と呼んでいる。

ところが。
「じゃあ閃亜鉛鉱はだいたい
黄色〜褐色〜黒の色彩なのだな」と思ってしまうと、
これがそうでもないので困る。
「楽しい鉱物図鑑2」には驚くなかれ
緑色や赤色に染まった閃亜鉛鉱の標本が紹介されている。
しかも成分はほぼ純粋なものだという。
つまり、これらは副成分以外の原因で発色しているのだ。
こうなるともうお手上げである。

閃亜鉛鉱は別名をZinc Brendeという。
Zincは亜鉛、Blendeはドイツ語の
blenden「騙される」に由来する言葉である。
方鉛鉱に似ているが
分析しても鉛が出てこないためにつけられた呼び名だという。
しかし本鉱の様々な顔を見ていると、
古人はもっと深い意味で
この名前をつけたような気がしてならない。

その後blendeは鉱物学の分野では
もっと広い意味で使われるようになった。
すなわち樹脂光沢や亜金属光沢など
金属光沢以外の光沢を示す鉱物を称してblendeと呼ぶ。
閃マンガン鉱Manganblendeや
閃ウラン鉱Pitchblendeなどがそうだ。

和名にいずれも閃の字があるのは、
つまり明治時代の学者がblendeを
「閃」と訳したからなのである。
写真1
写真2
写真3