Notes/11
黄鉄鉱
Pyrite





FeS2
鉱物マニアには色んな種類がある。
水晶や緑柱石、トルマリンの透明感を好む人、
方鉛鉱や磁硫鉄鉱のずしりと重い金属の感触を好む人。
この箱では金属系の鉱物標本を中心に紹介してみる。
メタリックな光輝に惹かれるマニアたちの心が
少しでも判って頂けたなら、これに過ぎたる幸せはない。

金属鉱物の代表格といえば
既に紹介ずみとはいえ、
やはり黄鉄鉱の右に出るものはない。
何と言っても結晶形がシャープで綺麗なうえ、
産出量が多くさまざまなタイプや大きさのものが楽しめる。

今回は双晶の繰り返しが作り上げた
手の平サイズのオブジェを紹介する。
標本箱に入れてしまいこむのもいいが、
デスクの上にころっと飾っておくのも悪くはない。
写真1
写真2






ビスマス(自然蒼鉛)
Bismuth







Bi
鉱物界には鉛以外に「鉛」の字を使う金属がふたつある。
ひとつはモリブデン鉛鉱や輝水鉛鉱の項で紹介した
水鉛(モリブデン)で、
もうひとつがこの蒼い鉛、ビスマスBiである。
比重が9.7〜9.8にも達する文字通りの重金属だ。

天然の状態で結晶することは稀だが、
塊状のそれにも独特の存在感があり標本の人気は高い。
写真のものは直径7,8センチ程の
丸く平たい石を割ったものである。
外側は何の変哲もない石ころだが、
内部は錫白色のまばゆい輝きを放つ金属で満たされている。
因みにこれは割ったばかりの新鮮な面で、
空気中に長い間さらされると次第に紅色を帯びた褐色になる。

ところで自然界では稀なビスマスの結晶は
人工的に合成することが可能である。
ショップでは虹色に輝く
立方体の集合体のような状態で売られている。
良心的なお店ならば「人工ビスマス」のラベルが
貼られている筈なので、
判っていて入手する分にはなかなか面白い標本だと思う。
写真1
写真2


濃紅銀鉱
Pyrargyrite






Ag3SbS3
銀AgとアンチモンSbの硫化鉱物である。
アンチモンが砒素Asに入れ替わると
淡紅銀鉱Proustiteになり、
ともにルビー・シルバーと呼ばれる非常に人気の高い鉱物だ。
透明感のある赤色を湛えた立派な結晶群は
たいへんに美しく、たいへんに高価である。

しかし残念なことにこの仲間は経年変化に弱い。
年月を経るごとに次第に透明感を失い、
いかにも古びた感じになってしまう。
それが判っているだけに、なんぼ素敵だろうが
なかなか値札通りの大枚をはたく気にはなれない。

今回は奇跡的に小さな結晶の断片
(長辺約1センチ程度)が入手できたので
紹介できる運びとなった。
一見真っ黒でシャープな柱状の金属片だが、
ルーペで眺めると割れた部分がきらりと濃紅色に光る。
ルチルや海王石同様、私の好きなダークレッドである。
写真1
写真2
針鉄鉱
Goethite












FeO(OH)
英名のゲーサイトGoethiteの方が耳になじむ。
鉱物に造詣の深かった文豪
ゲーテに捧げられた鉱物なのである。

ゲーサイトは化学式の通り水酸化鉄の鉱物で、
いわゆる鉄さびと同じ成分である。
ところが同成分の水酸化鉄の鉱物は
他にも鱗鉄鉱Lepidocrociteをはじめ、
結晶構造の異なるいくつかの種類が存在している。
これらの区別は肉眼ではほぼ不可能だ。
区別できない場合はとりあえず
褐鉄鉱Limoniteとしておく。
透輝石の項で述べた野外名である。

ゲーサイトの産状はさまざまだ。
ここで紹介する標本は煮えたぎった油の表面のような、
何やら不気味とも思える半球状の集合体になっている。
これは非常に細い針状の結晶が放射状に集合して
球体をなしているもので、
このような見かけのものを鉱物学では「腎臓状」と呼ぶ。

腎臓状を示す鉱物は色々あり、
ゲーサイトと並んでポピュラーなのは
box.5で紹介した酸化鉄の鉱物・赤鉄鉱Hematiteである。
赤鉄鉱の腎臓状のものには、
ずばり腎鉄鉱Kidney Oreという別名があるくらいだ。

そんな訳でこの標本を見た瞬間、
てっきりヘマタイトだと思ったのだが
化学組成の異なるゲーサイトだった。

鉱物の肉眼鑑定は難しいものなのである。
それもまた楽しいのだけれど。
写真1
写真2
カロール鉱
Carrollite





 
Cu(Co,Ni)2S4
コバルト、ニッケルを含む銅の硫化鉱物だ。
英名のCarrolliteは
アメリカのCarroll郡で発見されたことに由来する。
してみるとキャロル鉱のような気もするのだが、
普通はカロールで通っている。

この鉱物の魅力は
黄鉄鉱とタメを張れるシャープな結晶形と
鏡のような光輝である。
実際、あまりに反射が強いために
撮影には少々苦労した。
3枚の写真を紹介するが、実物の美しさには到底及ばない。
稀産鉱物ではあるが、機会があったらぜひ
手にとって見て頂きたい。

コバルトよりニッケルが多くなり、
化学式がCu(Ni,Co)2S4になると
フレッチャー鉱Flecheriteという別の鉱物になる。
写真1
写真2
写真3
磁硫鉄鉱
Pyrrhotite









Fe1-XS(X=0.09〜0.17)
写真は4センチ弱ほどの大きさの金属結晶の塊だ。
フラットな銀白色の方鉛鉱の周りに
ブロンズ色の薄板を重ねたような
角張った卓状の物体が突き出ている。
磁硫鉄鉱Pyrrhotiteの結晶である。

金や黄鉄鉱、黄銅鉱を黄金色、
銀や赤鉄鉱、カロール鉱を銀白色の鉱物とするならば、
磁硫鉄鉱はまさしく真鍮色の代表だ。
この後に出てくる自然銅の明るい赤銅色に比べると、
重みと渋みのある色調である。

方鉛鉱と好一対をなすフラットな光沢を持ち、
その結晶形とあいまったメカニックとも言うべき独特の雰囲気は
金属鉱物の中でも非常に存在感の強いものだ。

しかしながら安定度の低い鉄鉱石の常として、
本鉱も経年変化にはあまり強くない。
錆びやすい上に
古くなってくると雲母が剥げるように
結晶が壊れてしまうのだった。

化学式のFe1-XSは
鉄と硫黄の割合が一定ではないことを示している。
このことは本鉱のもつ磁性とも関係があるらしい。
写真1
写真2
黄銅鉱
Chalcopyrite











CuFeS2
黄鉄鉱と並ぶポピュラーな金属鉱物なのだが、
実は肉眼に見えるような結晶での産出はあまり多くない。
結晶は四面銅鉱に似たややルーズな偽正四面体を示す。
写真で三角形の面がお分かり頂けると思う。

特徴的なのは結晶面に条線が入ることと、
なぜか面がやや膨らんでいるというか
湾曲している点である。
色彩的には黄鉄鉱や金と同系の黄金色だが、
輝きや色味が明らかに異なるので区別がつく。
これは写真で見比べるよりも
やはり実物の標本を手に取ってみた方が判りやすい。
また、写真3に示したように
表面に虹色の遊色(イリデッセンス)を示すことが多いのも
ひとつの目安になる。

これはルーマニア産の標本だが、
銅山の多い日本でもかつては各地で美品を産出した。
「外国産はどうも結晶の形がだらしない。
日本産のものが一番シャープで美しい」とは、
小室宝飾のご主人・小室吉郎氏の言葉である。
氏によれば秋田県尾去沢鉱山産のものが世界一だという。

しかし鉱石輸入の自由化にともない、
コストのかかる国内の鉱山は次々に閉鎖に追い込まれた。
現在日本で稼動している鉱山はもはや数えるほどしかない。
くだんの尾去沢鉱山もとうの昔に閉山し、
現在は跡地を利用して
「マインランド尾去沢」という観光施設になっている。
写真1
写真2
写真3
自然銅
Copper









Cu
銅は単一の元素で構成される鉱物としては
最も産出量の多いもののひとつである。
シャープな結晶を示すことはまれで、
この標本のような樹枝状での産出が一般的だ。

写真の標本は新鮮な赤銅色に輝いている。
このような色に見覚えはないだろうか。
そう、まさしく新しい10円硬貨の色なのだ。
10円玉は銅貨なのでこれは当り前なのだが、
しかし財布の中にある10円玉の多くは
まずこのような新鮮な色はしていない。
殆どはくすんだ茶色になっている。

これは鋳造されてから時間が経って表面が酸化しているので、
銅は錆びやすい金属なのだ。
従ってこの標本も時間が経てば色がくすんでゆく。
が、ちょっと待て。
まったく錆び色がついていないってことは、
これってそんなに採掘されてから間もない新品なのか?

皆さんは古くなった10円玉に
塩素系のトイレ洗浄剤を垂らすと、
表面がピカピカになるのをご存知だろう。
洗浄剤は希塩酸である。
標本市場に並んでいる自然銅も、10円玉同様
酸で表面をリフレッシュさせているものが多いのだった。
写真1
写真2
トゥペルスァツィア石
Tuperssuatsiaite




Na2Fe3Si8O20(OH)2*4(H2O)
緻密な灰色の母岩(アルカリ性玄武岩)の表面に
浅い穴があいている。
覗いてみると直径2,3ミリほどの
やや褐色を帯びた緑色の毛の塊が
ちょこちょことへばりついている。
1984年にグリーンランドのTuperssuatsiaで発見された
稀産鉱物・トゥペルスァツィアイトの針状結晶の集合体なのだ。
化学組成的には水を含むナトリウムの珪酸塩鉱物である。

珍しいということと、
独特の白っぽい布状の形態で産出し
「山皮」の俗称で知られるパリゴルスキー石
Palygorskiteに近い仲間だというくらいしか情報はないのだが
なんだか可愛らしいのでここに紹介してみた。
磯辺のウニの巣をのぞいたような風情である。
写真1
写真2