Notes/12
魚眼石
Apophyllite







KCa4(Si4O10)2(F,OH)・8H2O
box.3では淡いグリーンを帯びた小さな結晶を紹介した。
こちらは7センチを超える大きさの
堂々とした群晶標本である。
色彩こそないが、清楚な雰囲気を身に纏った
非常に美しい眺めである。

魚眼石は図鑑ではずいぶん前から知っていたが、
インド産の実物の標本を見てから
すっかりファンになってしまった鉱物である。
同じ無色透明な鉱物でありながら、
水晶とはまったく質の異なる
柔らかい光輝に魅せられてのことだ。
以前も述べたように、
この鉱物のへき開面に現れるぼうっとした光を
古人は魚の眼になぞらえた。

溶岩中の空洞に、この後に紹介する沸石類を伴って
産出することが多い。
水先案内の意味もこめて、
この箱の最初に紹介してみた次第である。
写真1






ソーダ沸石
Natrolite










Na2Al2Si3O10*2(H2O)
沸石Zeoliteグループは48種類の鉱物からなる
かなり大きな一群である。

沸石、というとなんとなく
理科の実験で使う沸騰石を連想してしまうが、
別に何の関係もない。
沸石の仲間は加熱すると水を生じる。
その様子があたかも沸騰しているかのようであるため、
この名前がついた。
英名ゼオライトもギリシャ語の「沸騰する石」に由来する。

魚眼石の項で述べたように、
溶岩質の岩石のくぼみや空洞に
結晶の集合体として産出することが多い。
こういう場所には他の鉱物の結晶も生成しやすいので、
さまざまな標本で脇役をつとめている。
前記の魚眼石はもちろん、
今まで紹介してきたカバンシ石やベニト石、
海王石といった顔ぶれを引き立てている白い背景は
すべてこれら沸石の仲間なのである。

むろん沸石自身も結晶しやすいこともあり、
それぞれに独特の存在感を主張している。
最初に紹介するのはナトリウムを主成分とする沸石、
ソーダ沸石Natroliteの美しい針状結晶の集合体だ。
和名のソーダはナトリウムのことを指し、
「曹達」という漢字をあてる。
従ってラブラドル長石の別名・
曹灰長石の「曹」は
ナトリウムを表わしているのである。
ちなみに「灰」はカルシウムを指す。

見た目通りに華奢な鉱物なので、取り扱いには注意が必要。
写真1
写真2


スコレス沸石
Scolecite



CaAl2Si3O10*3(H2O)
ソーダ沸石のナトリウムNaを
カルシウムCaに置き換えたものが、
ここに紹介するスコレス沸石Scoleciteである。
魚眼石と共産することが多い。

ソーダ沸石とは結晶構造も類似しており、
ここに示した標本も太さこそ2,3ミリに及ぶが
先のソーダ沸石そっくりの長柱状結晶だ。
本当はもっと長かったのだが、
うかつにも何本かの先が折れてしまった。しくしく。
ソーダ沸石の針より太かったので油断したのが
運のつきである。
写真1
レビ沸石
Levyne







(Ca,Na2,K2)Al2Si4O12*6(H2O)
山口県産のこの標本は、
以前紹介した鳥取県産の金雲母によく似た風情である。
日本は火山国なので、
火山岩の空洞に鉱物の結晶が生成する産状は
比較的ポピュラーなのだ。
そしてこのタイプこそが
沸石類のもっともスタンダードな産出状況でもある。

日本は全般に沸石類には恵まれており、
中でも有名なのは湯河原温泉で発見された
湯河原沸石Yugawaraliteである。
発見者の桜井欽一氏(故人)は神田の鳥料理屋「ぼたん」のご主人で
アマチュアの鉱物研究家だったが、
湯河原沸石の発見・研究により博士号を贈られた。
他にも桜井氏の名前を冠した桜井鉱Sakuraiiteや
欽一石Kinichiliteという鉱物がある。

沸石には強い吸着性があるため、
凝灰岩が沸石に変化した沸石岩は
工業目的で採掘が行われている。
あなたの家の猫やハムスターのトイレ砂にも
沸石岩が使われているかもしれない。
写真1
写真2
胆礬(たんばん)
Chalcanthite






 
Cu(SO4)*5(H2O)
胆礬とは耳慣れない言葉だが、
正体は化学の方でいう硫酸銅である。
実験で美しい青色の結晶を作った記憶のある方もおられよう。
こちらも同様に透明感のある鮮やかなブルーを示す。

銅鉱床の酸化帯に二次鉱物として生成する。
鉱山の坑道内に鍾乳石のような形で現れることが多いので、
天井からぶら下がったつらら型や、
地面から立ちあがった霜柱型が多く見られる。
ここに示した標本は後者の霜柱タイプである。

美しい鉱物なのだが、水溶性だという弱点を抱えている。
入手した標本を「汚れているから」と洗ってしまう人がいるが、
正体のわからない時はこれは禁物である。
天水(雨水)の及ばない地下深くで生成される鉱物には、
水溶性のものは少なくない。
洗ったら溶けて流れてしまうのだった。

本鉱は水溶性ゆえに湿気にも弱い。
かといって乾燥させすぎてもいけない。
しかももろい。
結構はかない鉱物標本なのであった。
写真1
写真2
ブラジル石
Brazilianite





NaAl3(PO4)2(OH)4
ブラジル産のブラジル石とは
看板に偽りなしでよろしい。
色といい形といい、ありそうでなさそうな鉱物で
地元の山師たちの間では
正体不明の石として知られていたらしい。
新鉱物として記載されたのは結局1945年のことである。

分類的には燐灰石と同じ燐酸塩鉱物に属する。
言われてみれば以前に紹介した
イエローの弗素燐灰石に似てないこともないが
結晶の形が異なる。

硬度5.5とやや柔らかいが
カットすれば美しい宝石になる。
ブラジリアナイトの名で流通していることも多い。
写真1
写真2
透石膏(石膏)
Selenite
(Gypsum)







CaSO4*2(H2O)
雪花石膏・繊維石膏に続く3番目の石膏Gypsumは
透明な石膏・透石膏Seleniteである。
見た目こそ違うがこの3種類はすべて同じ鉱物だ。

透石膏の身上は名前の通りの抜群の透明感である。
写真2のへき開面を見て頂きたい。
菱形がたくさん重なったようになっている向こう側が
完全に透けているのがお分かり頂けるだろうか。
石膏は一方向にきわめて完全なへき開があるため、
この菱形は一枚一枚ひっぺがすことができる。

「楽しい鉱物図鑑」によれば
フランスには10m超のサイズの結晶を産出するところがあり、
割ってガラス代わりに用いていたとか。

ところで本標本は某所で安価で購入したものだが、
乱暴なことに標本にそのまま
タグ付きセロファンテープが巻きつけてあった。
テープをはがす際に、
へき開に沿って結晶が剥がれてしまったのは
本鉱の性質から言って当然である。
いくら安価だからと言ってひどい売り方だぞ東急ハンズ。
写真1
写真2
月長石
(ムーンストーン)
Moonstone





(Ca,Na)(Si,Al)4O8
既に紹介済みの月長石だが、
前回の標本では独特のシーン効果が判りにくかったので
改めて紹介したりする。

月長石はbox.7で挙げた
ラブラドライトと同じ曹灰長石である。
光線の方向によってへき開面に閃光を発する点も同様だ。
その光が青白く月光を思わせるのでこの名がある。

本標本は数ミリ大の6粒の欠片だが、
2枚の写真で青白く光る様子が判って頂けると思う。

この効果は結構個体差が大きいので、
お店で購入する際にはよく確認することをおすすめする。
産出量が多くてよく出まわる上に安価なので、
慌てて買わなくてもたぶん大丈夫。
写真1
写真2
キノ石
Kinoite


Ca2Cu2(Si3O8)(OH)4
青色を示す鉱物は
胆礬をはじめ銅がその発色に絡んでいる場合が多い。
この美しいキノ石も例外ではない。
クリスマス鉱山では
白い石灰質の岩石の表面に皮膜状に張りついて産出する。

標本の表面がきらきら光っているのは
キノ石のそれではなく、
透明な魚眼石の微細な結晶が覆っているためである。
写真1
写真2
ルチル入り水晶
Rutiled Quartz



SiO2
この箱の最後に、水晶の変り種をふたつ紹介しておきたい。

ひとつめは以前に紹介したルチル入り水晶の
出血大サービス版である。
なにが出血大サービスかと言って
封じ込められているルチルの針状結晶の量である。
真鍮色の鋼線が大量に含まれているため、
水晶自体が真鍮色に輝いている。
光を当てるとルチルの結晶が乱反射を起こし、
虹色の閃光を放つ。
非常に美しい標本である。
写真1
写真2
曲がり水晶
Bended Quartz







SiO2
産出量の多い鉱物である水晶には、
突然変異とも言うべき変り種が色々と存在する。
この「曲がり水晶」と呼ばれるものも、その一つだ。

自然界には、まっすぐな結晶が集まって
球状になっているケースはあっても
結晶それ自体が曲がっていることは
輝安鉱のように柔らかい場合を除けば非常に稀である。
水晶も普通に成長すれば素直に真っ直ぐ育つ。
これはそれが何らかの原因で
途中でちょっとひねくれてしまったのである。
写真2でその反り具合が判って頂けよう。

水晶自体は高価なものではないが、
このような変り種は稀産であるためにそれなりの値がつく。
曲がり水晶は派手に曲がっているほど高価になる。
しかるに、この標本は曲がり具合が
やや地味なのをお許し願いたい。

鉱物趣味は水晶に始まって水晶に終わるともいう。
奥の深い鉱物である。
写真1
写真2