Notes/13
菱マンガン鉱
Rhodochrosite











MnCO3
菱マンガン鉱はコレクター泣かせの鉱物のひとつである。
実にさまざまな顔があるのだ。
もちろん今まで述べてきたように、
どんな鉱物でもその産状は一通りではない。
ただし大概の場合は、
いくら様々に様子を変えたところで
コレクションするに足る顔といえば
ひとつふたつしかないものである。

しかし中には水晶や石膏、方解石のように
色んな顔のどれも魅力的なものが存在する。
ひとつを標本箱に収めて安心していると、
また全然違った美しい顔で現われては
コレクターを手招きしてくれるのだ。
菱マンガン鉱もその手の小悪魔なのである。

とはいえ、先に挙げた三種に比べると産出はずっと少ないため
市場で見かけることは決して多くはない。
ここではごくピュアな結晶の標本を紹介するにとどめる。
他のタイプは図鑑やショップ、
もしくは日本にも産出が知られているので実地で確かめて頂きたい。
写真は母岩のサイズが左右4センチ弱の小さな標本だが、
水晶の林の中に
鮮やかなピンク色透明の結晶が光るさまは美しい。

結晶は名前のように菱面体または犬牙状を示す。
box.1で紹介した方解石に似た形であることに
気付く方もおられよう。
事実、方解石CaCO3のカルシウムを
マンガンに置き換えた鉱物なのである。

アメリカでは高い人気を誇り、
中南米産の本鉱はインカローズと呼ばれて愛されている。
写真1
写真2






藍晶石
Kyanite








Al2SiO5
既に薄片を紹介ずみの藍晶石である。
今回、運良く手頃なサイズの
母岩つき結晶標本が入手できたので
紹介させて頂く。
産出自体は珍しい鉱物でもないのだが、
大概はキズの多い分離単結晶か
もしくは大きすぎて持て余す母岩ごとの標本なのである。

さまざまな場所に現われる鉱物だが、
写真のMinas Geraisでは石英中に産出する。
そのため、石英の白地に藍晶石の青さが映える
美しい標本が採れるのだった。

実際は結晶が一個だけぽつねんと
母岩に含まれていることは少なく、
ばらっと一帯に散在していることが多い。
この標本も母岩の裏側には
別の結晶が埋まっていた跡がみられた。
結晶ごとにちょっとづつ母岩をつけた状態で
小分けにして出荷しているものとみえる。。

性質その他はbox.3を参照のこと。
写真1
写真2


円筒鉱
Cylindrite








Pb4FeSn4Sb2S16
円筒錫鉱とも呼ばれる。
和名の通り円筒状の結晶になる鉱物である。

鉱物の結晶は針状だったり毛状だったり
色んなパターンを示す。
ところが円筒形になるというのはこれは非常に珍しい。
鉱物の結晶の基本構成は直線と平面だからである。

本鉱の断面を見るとぐるぐるとうずまき模様があり、
中央は穴が開いていたりする。
ちょうど紙を丸めて作った筒のような感じだ。
そう、この円筒は「丸められた平面」なのだ。

なぜ丸められているのかは
一応論理的に説明はされているものの、
やはり神の手の気まぐれとしか思えない。

写真の標本はボリビアの原産地
(新種として認定された標本の産地)のものである。
このようなものを原産地標本と呼び、
市場ではちょっとした箔とみなされる。

もっとも、本鉱は稀産種であるため、
原産地以外の産地の標本を見たことはないのだった。
写真1
写真2
マグネサイト
(菱苦土鉱)
Magnesite









MgCO3
磁鉄鉱のマグネタイトと紛らわしいと以前に述べた、
これが問題のマグネサイトである。
方解石の一族で、菱面形の結晶をする。
和名にも菱マンガン鉱や次に紹介する菱亜鉛鉱同様
「菱」の字が使われている通りだ。
しかし結晶での産出は比較的まれで、
多くは塊状である。
写真の標本は珍しく美しい菱面形を示している。

名前の話に戻ると、
本鉱と磁鉄鉱に分類学的な関連はない。
実はどちらもマグネシアという地名に由来しているのである。

菱苦土鉱の主成分マグネシウムの語源は
「マグネシアの石」である。

ところでマグネシアでは不思議な磁力を持つ石が産出し、
同じく「マグネシアの石」というギリシア語から
マグネット「磁石」という言葉が生まれた。
磁鉄鉱のマグネタイトはここに由来している。

ちなみにマグネシアの石はこれで終わりではない。
菱マンガン鉱の主成分マンガンManganiumもまた
「マグネシアの石」に由来する言葉なのだった。

色々なものを産出するマグネシアにも困ったものである。
写真1
写真2
菱亜鉛鉱
Smithsonite






 
Zn(CO3)
前種同様、これもどちらかといえば
英名のスミソナイトの方が通りがいいかもしれない。
スミソニアン博物館の創始者、Smithsonに因んだ命名である。

和名と化学式から察せられる通り、
これも方解石の眷属なのだが
写真を見る限りではちょっとそうは思えない。
実際、このグループの特徴である
三方向への完全なへき開が弱いこともあり、
菱面形を示すことはまず稀である。
つーか結晶すること自体が非常に珍しい。
色彩も様々で、無色から桃色に黄色や水色、
写真のような青緑色とカラフルである。

堀秀道先生は「楽しい鉱物図鑑」で
メキシコ産の半透明のそれは
お菓子の求肥を思わせる質感だと述べている。

写真の標本はぶどう状で
ややもちもち感は薄れているが、
それでもかなり美味しそうな風情ではある。
写真1
写真2
プラネル石
Planerite





Al6(PO4)2(PO3OH)2(OH)8
*4(H2O)
見た目の通り、トルコ石グループに属する鉱物である。
化学組成的にはトルコ石の銅CuをHで置き換えたものに相当する。
他にも鉄が置き換えたものや亜鉛が置き換えたものがあり、
6種類がグループを構成している。

つっても例によってそれぞれCuと置換体との比率はさまざまで、
ランダムに中間種が存在しているのは厄介だ。
この比率はダイレクトに色味に反映する。
青味が強いものは銅が多く含まれていると思えばいい。

この標本は黒い母岩中に走る
明るい青緑色の脈のコントラストが美しい。

トルコ石グループの常として、
肉眼で見える結晶を示すことはすくない。
写真のような皮膜状もしくは球顆状がほとんどである。
写真1
写真2
天藍石
Lazulite










MgAl2(PO4)2(OH)2
ラピスラズリの項で触れた、
Lazurite(青金石)と紛らわしいLazuliteが本鉱である。

文献をひもといてみると、
ラピスラズリの主要構成鉱物である、という記述が散見される。
このコンテンツでは「楽しい鉱物図鑑」に則り、
ラピスを構成するのは青金石であるとする立場を取っている。
が、このように
ラピスは天藍石をはじめとする、
数種の鉱物で構成される岩石であるとする説があることも
紹介しておきたい。

鉱物にとどまらず、分類学はどのジャンルでも
まだまだ研究途上なのである。
去年はバラ科だった植物が、
今年は独立した科に格上げされることなんて日常茶飯事だ。
ひとつの図鑑に書かれていることを鵜呑みにしていると、
思わぬ陥穽が待っている。

十年以上の永きにわたって
実際に鵜呑みにしてきた人間の証言である。

従ってここに書かれていることも、
何年か先には全く無意味な記述になっている可能性があることを

注意しておきたい。

写真の藍色透明な結晶が天藍石。
回りに見える褐色透明な結晶は菱鉄鉱である。
写真1
写真2
マンガン重石
Huebnerite





MnWO4
以前紹介した灰重石同様、
タングステンWの鉱物である。
タングステンは酸素と結びついて
WO4のタングステン酸基を作り、
カルシウムやマンガンと手を結んで
これらの鉱物を形作っている。

この他に標本市場でしばしば見かけるものに
鉄重石Ferberite 鉄マンガン重石Wolfromiteがあり、
察しの通りこの2種と本鉱の間は連続している。
鉄分が多くなるほど黒味を増す。
少なくなると写真のように
透明感のある赤褐色や黄褐色を示す。
周囲の透明結晶は水晶。

重石の名はダテではなく、本鉱の比重も7.12〜7.25と大きい。
写真1
写真2
アンドラダイト
(灰鉄ざくろ石)
Andradite



Ca3Fe2Si2O7
カルシウムと鉄を主成分とするアンドラダイトは、
やや地味な雰囲気のざくろ石である。
しかし例によって副成分の働きでさまざまな色あいを帯び、
緑色透明や黄色透明のものはそれぞれ
デマントイド・トパゾライトと呼ばれ宝石になる。

ここで紹介する2種類の標本は色彩こそ地味だが
その結晶形はシャープで美しい。
写真2のような黒色不透明のタイプは
メラナイトという異称を持つ。
写真1
写真2
ほたる石
Fluorite




CaF2
前回は塊状のへき開片を紹介した。
ここでは結晶形のよくわかる標本を示してみる。
すりガラスのような柔らかい透明感が、
淡い色調と相俟って
何だかシャービックを積み上げたみたいである。

ほたる石は形も色彩も豊富な鉱物だ。
機会があれば様々なタイプを紹介したいのだが、
なかなか意に叶うものには出会えない。
と言うか、産出量が多くていつでも見ることが出来るだけに
「もう少し待てば
もっと素晴らしい奴に出会えるかも」と思ってしまい、
いつもやり過ごしてしまうのだった。
写真1
写真2