Notes/17
ひすい輝石
Jadeite
















Na(Al,Fe)Si2O6
翡翠は本邦で最も愛される貴石のひとつである。
美しい淡いグリーンを帯びた天然のアクセサリーは
古くは勾玉に加工され、神代の人々の身体を飾った。

ところで翡翠(ジェード)と呼ばれる鉱物は一つではない。
輝石グループに属するひすい輝石と、
やや硬度の低いネフライトひすいの二種類に大別される。
この他にもトランスバールひすい等、
「〜ひすい」と呼ばれる鉱物がいくつかあるが、
それらはいわゆるひすいではなく、
ひすいに似た産状を示す別の鉱物である。

宝石関係ではひすい輝石を硬玉、
ネフライトひすいを軟玉と呼ぶ。
ここに紹介したのは硬玉の方だ。

翡翠が日本で愛された一番の理由は、
他ならぬ産出国だからである。
殊に新潟県では良質の翡翠を産した。
「楽しい鉱物図鑑」に拠れば、同地方には
翡翠の採取と加工で栄えた古代国家があったという。
その名を「越(こし)」といい、
越前・越中・越後の旧国名に往時を偲ぶことができる。

新潟では現在も美しい翡翠が採れる。
糸魚川や青海町を訪れるコレクターは後を絶たない。

翡翠はモース硬度7に達し、
非常に強靭な細粒質の鉱石である。
緑色透明のものが最も尊ばれ、
大きなものには大概とんでもない値段がついている。
ミネラルショップに回ってくるものは白っぽいものが多く、
こちらは至って安価だ。
とはいえ、研磨すれば美しい輝きを放つことに変わりはない。

世界的に有名な産地はミャンマーだが、
同国は政情が不安定なこともあって
時折は怪しい品も出回っている。
高額の買物をする場合は慎重に。

緑色はクロムによる発色とされる。
まれに微量の鉄で紫色を示すこともある。
写真1
写真2
トルコ石
Turquoise

CuAl6(PO4)4(OH)8*4(H2O)
box10で紹介済みのトルコ石の一部研磨品である。
やはり皮膜状の産状だが、
こうやって磨くと独特の気品が漂う。
翡翠同様に古くから人々の尊崇を集めてきたゆえんである。

この標本はなにげに少々寿司っぽい。
大きさも大体握り寿司程度である。
写真1
写真2
スコロド石
Scorodite






FeAsO4*2(H2O)
スコロド石は化学式の通り、含水砒酸鉄の鉱物である。
砒素を含むので叩くと独特の臭気がある。
このため「ニンニクの匂いのする石」という意味で
葱臭石なる和名を持つ。

などと言うと何やら臭い変てこな石みたいだが、
標本市場に出まわる本鉱の結晶は
小さいながらも透明感があり、なかなか光輝も強い。
ここに紹介したものは石英の晶洞中に結晶したもので、
微細だが拡大してみると和えかなブルーの輝きを放つ。

もっとも青色は本鉱のポピュラーな色彩ではない。
赤褐色から緑褐色、灰緑色などが一般的である。
但し例によって微量元素の仕業で様々な色を帯び、
無色から黄色、紫色のものもあるという。
そしてこのような鉱物の常として、
条痕色はほぼ白色なのだった。

日本では大分県の木浦鉱山産が有名である。
写真1
写真2
藍鉄鉱
Vivianite




Fe3(PO4)2*8(H2O)
大分県の姫島付近の海で採れる藍鉄鉱の団塊である。

このあたりの海底には第四紀の泥岩の地層があり、
その中にごろっとした丸い塊がある。
割ると写真のような放射状の結晶集合体になっている。
ちょっと欠いてみると内部は白っぽい。
藍鉄鉱の性質として、空気に触れたところから青くなり
やがてはボロボロと崩れてしまうのだ。

box16でも紹介した通り、
藍鉄鉱は鉄の燐酸化合物である。
成因となる燐は有機体から生じることが多い。
姫島の藍鉄鉱は、
魚の骨などが核になっていると考えられている。
写真1
写真2
赤鉄鉱
Hematite






Fe2O3
ヘマタイトの結晶が集合した、標準的な標本である。
やや黒味を帯びた光沢が美しい。
美しいあまり、宝石市場では本鉱の研磨品が
「ブラックダイヤ」の名で売られていることがある。

いわゆる黒色のダイアモンドというのはちゃんと別に実在している。
グラファイト(石墨)を含むために黒色不透明になったダイアは、
ボルツダイアモンドと呼ばれ、主に工業用に使用される。

一方ヘマタイトのブラックダイヤは
要するに酸化鉄である。
産出量もまず豊富で、決して稀産鉱物ではない。
これにダイヤの名前をつけて売るのは、
なんぼなんでもちょっとインチキくさいというものだ。

とはいえ、よく研磨されたヘマタイトの輝きはやはり美しい。
安価に入手できる地球の贈り物のひとつである。
写真1
写真2
バナジン鉛鉱
Vanadinite





Pb5(VO4)3Cl
box1を飾ったバナジン鉛鉱の、
モロッコはMibladen産の標本である。
先に紹介したTaouz産は二酸化マンガン鉱中に産するもので、
黒と赤の配色だった。
今回は重晶石上に結晶した、
白と赤のコントラストを楽しんで頂きたい。

こんな見事な鉱物の割に、「楽しい鉱物図鑑」以外では
本邦の書籍ではあまり紹介されていない。
一応国内でも産出は知られているのだが。

一方、手元の
Chris Pellant「Rocks,Minerals&Fossils of the World」
(Pan Books,1990)には、
美麗なスカーレットの結晶標本が紹介されている。
見て楽しむ標本鉱物なのかもしれない。

時に褐色を示すため、褐鉛鉱の別名がある。
写真1
写真2
紅砒ニッケル鉱
Nickeline(Niccolite) 







NiAs
ぱっと見「標本箱の鉱物」という風情の、
なかなか地味な標本だ。
本鉱は肉眼的な結晶をすることが稀で、
塊状の産出が多い。
標本もいきおいこのような感じになってしまうのだ。

紅砒ニッケル鉱はニッケルの主力となる鉱石である。
つまり一円玉の原料。
などと言うとますますみみっちい雰囲気だが、
どうしてどうして。
よく見るところっとした鉱石の表面は
独特の紅色を帯びた銀色に輝いている。
紅砒の名が冠せられるゆえんである。

ショップでは塊の一部を切断研磨したものが多く見かけられる。
微妙な桃色を纏った金属光沢は珍しく、
なかなか魅力的な標本である。
実際、人気も高いのだった。

風化すると二次鉱物のニッケル華を生じる。
これは緑色の微細な結晶で、
藍鉄鉱やコバルト華に近縁の鉱物である。
写真1
写真2
黄鉄鉱
Pyrite





FeS2
東京国際ミネラルフェアで、
スペインの黄鉄鉱屋から購入した一品。
見事な金色の立方体が2つ組み合わさって
母岩から無造作に生えている。
幾何学と自然とが一緒くたになった、何とも不思議な造型だ。
但し天然の状態ではこんな風に突き出ている訳ではなく、
回りの岩を削って結晶を浮き出させているのである。

以前コラムにも書いたが、くだんの黄鉄鉱屋は
黄鉄鉱以外の鉱物を一切置いていないショップであった。
小は数ミリ大の立方体の分離結晶から、
大は数十センチに及ぶサイズのしろものまで
展示品すべてが金色の結晶という光景は見ごたえがあった。

鉱物マニアならずとも手元に置いておきたくなる、
美しいオブジェである。
写真1
写真2
安銀鉱
Dyscrasite








Ag3Sb
アンチモンSbは純然たる金属元素だが、
たまに他の金属との間に化合物を作る。
本鉱以外にも、紅安ニッケル鉱Breithauptiteが
やはりニッケルとアンチモンの金属間化合物で、
NiSbの化学式で表される。
名前の通り、前出の紅砒ニッケル鉱と非常に似た外観を示す鉱物だ。

安銀鉱はその名の通りアンチモニーと銀の化合物である。
それにしても金属同士の化合物となると、
分類表のどこに入れたらよいのか不明だ。
調べてみたが本鉱に関する記述は非常に少なく、
結局おなじみ鉱物科学研究所の堀先生に尋ねてみた。

先生によれば、安銀鉱のような鉱物は
「硫化鉱物の硫黄SをアンチモンSbが置き換えたもの」として
硫化鉱物の一種に分類するのだそうである。
アンチモン以外にも、
前述の紅砒ニッケル鉱のように砒素Asが置き換える場合もあり、
これらは硫黄を含まない硫化鉱物という
少々理不尽な存在として認知されているらしい。

本鉱はチェコのPribramの名産品であり、
この標本も同地産である。
黒色の自然砒中に銀白色の柱状結晶が鈍く光っている。
銀の鉱物らしい、品のよい光輝が美しい。
写真1
写真2
湯河原沸石
Yugawaralite











CaAl2Si6O16*4(H2O)
box.12のレビ沸石の項でちょっと触れた湯河原沸石である。
温泉地の名と沸石という語感が妙にマッチしている。
1952年、櫻井欽一氏によって
湯河原温泉の変質安山岩凝灰岩中に見出されたため、
この名がある。

先に述べたように、櫻井氏は本鉱の発見・研究により
東京大学から理学博士号を贈られた。
氏は神田の鳥料理屋「ぼたん」を経営する傍ら、
鉱物の研究にいそしんだアマチュア鉱物界の巨像であった。

鉱物学には大きく分けて、
新種の発見やフィールドでの研究に携わる記載鉱物学と、
結晶の成り立ちや合成法等を研究する結晶鉱物学がある。
現在の学界の主流は後者であるという。
これは直接産業に関わる研究内容であるため、
企業や大学からの援助を得やすいからであろう。
逆に言えば、記載鉱物学は
いわゆるアマチュアの研究者に負うところが結構多いのだ。
これは天文学の分野でも同じような傾向がある。

しかしこれをもって専門家の怠慢と決めつけるのは早計だ。
当然のことながら、
お金にならない研究ではメシは食えないのである。

この標本は堀秀道先生のお店で購入したものである。
「これはインド産ですけどね、湯河原産のものそっくりですよ。
ラベル書き換えたって判りませんねえ」
そう語る堀先生はなぜか嬉しそうだった。

青年時代の堀先生を鉱物の世界に導いた師匠こそは、
櫻井欽一博士その人だったのである。
写真1
写真2