Notes/18
木錫(錫石)
Cassiterite








SnO2
写真にはごろっとした流木のようなものが写っている。
拡大してみるとご丁寧に木目まであり、
質感といい重さといい漆塗りのオブジェそのものだ。
とはいえ本コンテンツに陳列する以上は、
こう見えてもやはり鉱物である。

世の中には珪化木といって
木がそのまま石になってしまったものがある。
文字通り樹木の化石だ。
こうした木化石がさらに甲羅を経て
オパールや石炭になる例もある。

しかし、ここに示したものは植物起源の鉱物ではない。
box14で紹介した錫石の非常に微細な結晶が、
層状に集合し、木目のような風合いを醸し出しているのだ。

このような産状のものは特に
木錫(もくしゃく)Wood Tinと呼ばれる。
まさしく木製品の風合いだ。

見た目が変わっていて面白いので
コレクターには一定の人気があり、
大英自然史博物館には
様々な形の本鉱が展示されているそうな。
写真1
写真2
重晶石
Barite








BaSO4
重晶石は硫酸バリウムの鉱物である。
つまり胃のレントゲン検査の時に飲むアレと成分は同じだ。
よく似た化学式の鉱物に毒重石Witheriteがあり、
こちらは炭酸バリウムBaCO3だ。

硫酸バリウムと炭酸バリウムというと
何となく前者の方が危険な気がするが、あにはからんや。
毒重石の名の通り、炭酸バリウムの方が有毒なのである。

本鉱は非常にメジャーな硫酸塩鉱物であり、
さまざまな標本の背景役を勤めている。
しかし結晶しやすいこともあって、
単体でもご覧のようになかなか見栄えのする標本になる。

平べったい結晶はちょっと特徴的で、
集合してバラの花のような形になることがある。
同様の現象は石膏や赤鉄鉱など多くの鉱物でみられ、
特に砂漠地帯で発見されるこのような鉱物の花を
「砂漠のバラ」Sand Roseと呼ぶ。

多くは白色から淡褐色を帯びている。
ここに示した標本のような淡青色はちょっと珍しい。
写真1
写真2
針鉄鉱
Goethite






FeO(OH)
以前に腎臓状晶癖のタイプを紹介した。
今回は石英の晶洞中に針状の結晶が集合しており、
なるほど確かに針鉄鉱と納得のゆく一品となっている。

box11でも書いたように、
水酸化鉄(褐鉄鉱)は数種類の同質異像の鉱物に分類される。
もっとも一般的なのは本鉱で、
次にポピュラーなのは鱗鉄鉱Lepidocrociteであることは
既に触れた通りである。

褐鉄鉱といえば長いことこの2種類だったのだが、
1956年になって3番目のタイプが日本で発見された。
岩手県江刺市の赤金鉱山から産出したこの鉱物は、
赤金鉱Akaganeiteと命名されている。
赤金鉱は地表の環境では分解してしまうので、
残念ながら標本の入手はまず不可能なのだった。

褐鉄鉱類の鑑定は肉眼では不可能で、
針鉄鉱が命名された際の標本も
実は鱗鉄鉱だったのではないかとする説もある。
写真1
写真2
バラ輝石
Rhodonite








(Mn,Fe,Mg,Ca)SiO3
ミネラルショップの経営者は、
自身がかなり病膏肓に入ったマニアであることが多い。
小室宝飾店主の小室吉郎氏もその一人だ。
ずいぶん前に店を訪れた際に、ふと尋ねられたことがある。

「お客さん。バラ輝石の結晶をご覧になったこと、あります?」
「いや、ないですね。塊のやつばっかりです」

バラ輝石は非常にポピュラーな国産マンガン鉱物である。
教材用の標本箱には必ずおさめられている。
box6で紹介したような、薄桃肌色のごろっとした鉱石だ。

「バラ輝石は関東でもけっこう大きな結晶が出るんですよ。
菱マンガン鉱(box13)みたいで、綺麗なもんでしてねえ」
小室氏は嬉しそうに語っていた。

写真に写っている2センチ程の美しい透明な鉱物が、
くだんの関東産のバラ輝石の分離結晶である。
もちろん、立派に宝石たりうる逸品だ。

このような結晶が非常に小さくなって塊状になったものが、
標本箱に入っているバラ輝石なのである。
写真1
写真2
ゲッチェル鉱
Getchellite





SbAsS3
朱色のペンキを塗りたくったような強烈な色彩が、
本鉱の特徴である。
原産地であるネヴァダ州のゲッチェル鉱山では、
やはり砒素と硫黄の化合物である
石黄(box14)や鶏冠石(box16)に混じって産出する。
このため、標本は黄色と朱色のまだら模様の、
ギョッとするような派手な鉱石だ。

長い間、その毒々しいともいえる色味に
ついつい尻ごみをしていた。
それが今回たまたま
キルギスタン産のおとなしめの標本に出会ったので、
入手に踏み切ったものである。

まあ、おとなしめと言ってもご覧の程度なのだが。
写真1
写真2
玄能石(イカ石仮晶)
Genno-ishi













玄能は玄翁に同じで、いわゆるカナヅチのたぐいである。
この写真はあまり似ていないが、
明治時代の命名者が手にした標本がカナヅチ的であったらしい。
実際、産地のひとつである長野県上田市では
古代人の石器だと思われていたくらいである。

玄能石は鉱物界の七不思議の一つと言ってもいい、
奇妙な物件である。
何やらトゲトゲイガイガな突起が突き出しており、
でっかい金平糖のような雰囲気だ。
日本ではこれがフォッサマグナ以東の
第三紀中新世の泥岩中からごろごろと出てくる。
調べてみると中身は微細な方解石だ。
微細な、ということはつまりこの妙ちきりんな形は
方解石そのものの結晶形ではないことになる。
仮晶だ。

ある鉱物の結晶の形だけが残り、
内部が他の鉱物に入れ替わっている場合、
これを仮晶と呼ぶ。

ところが玄能石の場合、
果たして元々何の鉱物の結晶だったのかがさっぱり判らない。
長い間、さまざまな憶測が乱れ飛んでいた。
それが近年になって、
イカ石Ikaite(CaCO3*6H2O)なる鉱物が
北極海の海底から発見されたのである。
低温の海水中で成長するこの炭酸カルシウムの鉱物こそ、
玄能石の元来の姿であるという一応の結論をみたのだった。

とはいえ、イカ石の仮晶だとすると
少々説明のつかない形の玄能石も存在しており、
まだまだ謎は完全に解けたとはいえないのであった。

写真はロシア産のもので、
2個の玄能石が砂岩に埋もれている。
分銅のような、ちょっと楽しい形の標本である。
写真1
写真2
苦土かんらん石
(ペリドット)
Peridot
(Olivine,Forsterite) 

Mg2SiO4
ペリドットはかんらん石の宝石名で、
鉱物の方では一般にオリビンOlivine(box10)という。
これをさらに正確に分類すれば苦土かんらん石Forsteriteや
鉄かんらん石Fayaliteなどに分けられる。
我々が目にする緑色のヤツは、前者の苦土かんらん石だ。

中国産のこの標本は、産出状況はbox10とほぼ同じだが
右下にひときわ大きな結晶が鎮座ましましている。
大きなと言っても1センチ弱ではあるが、
色彩、透明度は十分宝石質。
まさしくペリドットの原石である。
写真1
写真2
硬石膏
Anhydrite





CaSO4
石膏Gypsumについては今までさまざまなタイプを紹介してきた。
その科学組成はCaSO4*2(H2O)である。
つまり、2分子の結晶水を含んでいる。

これに対し硬石膏Anhydriteは
水を含まない硫酸カルシウムの鉱物だ。
似て非なるもので、鉱物としてはまったくの別物になる。
確かに石膏より硬いが、モース硬度はせいぜい3.5程度で
硬石膏というよりも
無水石膏とでも呼んだ方がいい気がしなくもない。
英名のAnhydriteも「無水物」を意味する。

強い条線の走る板状の結晶は白〜淡青色を帯びて
独特の冷たい印象を身に纏う。
写真の標本はそれらの板状結晶が集まったもので、
何か雪の降り積もった氷の彫刻を思わせる。
写真1
写真2
プランシェ石
Plancheite





Cu8Si8O22(OH)4*(H2O)
和名をプランヘ石としている文献もあるが、
まあこっちの方が綺麗なので採用。
以前も述べたように、鉱物の世界では
標準和名はあってなきが如し状態になっている。

スカイブルーの色合いは含銅鉱物の証であり、
シャッタカイトShattuckite:Cu5(SiO3)4(OH)2 や
クリソコラChrysocolla:(Cu,Al)2H2Si2O5(OH)4*n(H2O)(box15)に
よく似た産状を示す。
化学式を比較してみて頂きたい。
分類的には角閃石族Amphiboleに近縁のものとされている。

この標本では繊維状の結晶が集合して
柔らかい質感を醸し出しており、
ビロードのようでちょっと面白い。
写真1
写真2
銅藍(コベリン)
Covelline(Covellite)







CuS
ドウランと言っても顔に塗ったくるあれではない。
藍色を示す銅の鉱物だから銅藍。
同様の意味を持つ名前の鉱物に藍銅鉱(box5)があるが、
色彩は微妙に異なる。
藍銅鉱が透明感を帯びた澄んだ藍色なら、
銅藍のそれはぎらぎらした金属光沢だ。
比較的稀産の鉱物だが、この独特の色彩ゆえ人気は高い。

標本もまた独特の風貌をしている。
薄い板状の結晶がややルーズに重なったような集まったような、
何とも表現しにくい鉱石である。

写真にあるように、時に紫がかった遊色(イリデッセンス)を示す。
硬度が低く、また結晶も薄くて小さいので取扱には注意が必要。

なお、写真の標本はしばらく前に
手頃な値段で出ているのを見つけて喜んで入手したものだ。
ところが、この文章を書いている間にとある標本会に行ったら、
もっと非常に立派なブツが似たような値段で出ていた。
どうも今年は当たり年だったらしい。
写真1
写真2