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木錫(錫石) Cassiterite SnO2 |
写真にはごろっとした流木のようなものが写っている。 拡大してみるとご丁寧に木目まであり、 質感といい重さといい漆塗りのオブジェそのものだ。 とはいえ本コンテンツに陳列する以上は、 こう見えてもやはり鉱物である。 世の中には珪化木といって 木がそのまま石になってしまったものがある。 文字通り樹木の化石だ。 こうした木化石がさらに甲羅を経て オパールや石炭になる例もある。 しかし、ここに示したものは植物起源の鉱物ではない。 box14で紹介した錫石の非常に微細な結晶が、 層状に集合し、木目のような風合いを醸し出しているのだ。 このような産状のものは特に 木錫(もくしゃく)Wood Tinと呼ばれる。 まさしく木製品の風合いだ。 見た目が変わっていて面白いので コレクターには一定の人気があり、 大英自然史博物館には 様々な形の本鉱が展示されているそうな。 |
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重晶石 Barite BaSO4 |
重晶石は硫酸バリウムの鉱物である。 つまり胃のレントゲン検査の時に飲むアレと成分は同じだ。 よく似た化学式の鉱物に毒重石Witheriteがあり、 こちらは炭酸バリウムBaCO3だ。 硫酸バリウムと炭酸バリウムというと 何となく前者の方が危険な気がするが、あにはからんや。 毒重石の名の通り、炭酸バリウムの方が有毒なのである。 本鉱は非常にメジャーな硫酸塩鉱物であり、 さまざまな標本の背景役を勤めている。 しかし結晶しやすいこともあって、 単体でもご覧のようになかなか見栄えのする標本になる。 平べったい結晶はちょっと特徴的で、 集合してバラの花のような形になることがある。 同様の現象は石膏や赤鉄鉱など多くの鉱物でみられ、 特に砂漠地帯で発見されるこのような鉱物の花を 「砂漠のバラ」Sand Roseと呼ぶ。 多くは白色から淡褐色を帯びている。 ここに示した標本のような淡青色はちょっと珍しい。 |
写真1 写真2 |
針鉄鉱 Goethite FeO(OH) |
以前に腎臓状晶癖のタイプを紹介した。 今回は石英の晶洞中に針状の結晶が集合しており、 なるほど確かに針鉄鉱と納得のゆく一品となっている。 box11でも書いたように、 水酸化鉄(褐鉄鉱)は数種類の同質異像の鉱物に分類される。 もっとも一般的なのは本鉱で、 次にポピュラーなのは鱗鉄鉱Lepidocrociteであることは 既に触れた通りである。 褐鉄鉱といえば長いことこの2種類だったのだが、 1956年になって3番目のタイプが日本で発見された。 岩手県江刺市の赤金鉱山から産出したこの鉱物は、 赤金鉱Akaganeiteと命名されている。 赤金鉱は地表の環境では分解してしまうので、 残念ながら標本の入手はまず不可能なのだった。 褐鉄鉱類の鑑定は肉眼では不可能で、 針鉄鉱が命名された際の標本も 実は鱗鉄鉱だったのではないかとする説もある。 |
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バラ輝石 Rhodonite (Mn,Fe,Mg,Ca)SiO3 |
ミネラルショップの経営者は、 自身がかなり病膏肓に入ったマニアであることが多い。 小室宝飾店主の小室吉郎氏もその一人だ。 ずいぶん前に店を訪れた際に、ふと尋ねられたことがある。 「お客さん。バラ輝石の結晶をご覧になったこと、あります?」 「いや、ないですね。塊のやつばっかりです」 バラ輝石は非常にポピュラーな国産マンガン鉱物である。 教材用の標本箱には必ずおさめられている。 box6で紹介したような、薄桃肌色のごろっとした鉱石だ。 「バラ輝石は関東でもけっこう大きな結晶が出るんですよ。 菱マンガン鉱(box13)みたいで、綺麗なもんでしてねえ」 小室氏は嬉しそうに語っていた。 写真に写っている2センチ程の美しい透明な鉱物が、 くだんの関東産のバラ輝石の分離結晶である。 もちろん、立派に宝石たりうる逸品だ。 このような結晶が非常に小さくなって塊状になったものが、 標本箱に入っているバラ輝石なのである。 |
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ゲッチェル鉱 Getchellite SbAsS3 |
朱色のペンキを塗りたくったような強烈な色彩が、 本鉱の特徴である。 原産地であるネヴァダ州のゲッチェル鉱山では、 やはり砒素と硫黄の化合物である 石黄(box14)や鶏冠石(box16)に混じって産出する。 このため、標本は黄色と朱色のまだら模様の、 ギョッとするような派手な鉱石だ。 長い間、その毒々しいともいえる色味に ついつい尻ごみをしていた。 それが今回たまたま キルギスタン産のおとなしめの標本に出会ったので、 入手に踏み切ったものである。 まあ、おとなしめと言ってもご覧の程度なのだが。 |
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玄能石(イカ石仮晶) Genno-ishi |
玄能は玄翁に同じで、いわゆるカナヅチのたぐいである。 この写真はあまり似ていないが、 明治時代の命名者が手にした標本がカナヅチ的であったらしい。 実際、産地のひとつである長野県上田市では 古代人の石器だと思われていたくらいである。 玄能石は鉱物界の七不思議の一つと言ってもいい、 奇妙な物件である。 何やらトゲトゲイガイガな突起が突き出しており、 でっかい金平糖のような雰囲気だ。 日本ではこれがフォッサマグナ以東の 第三紀中新世の泥岩中からごろごろと出てくる。 調べてみると中身は微細な方解石だ。 微細な、ということはつまりこの妙ちきりんな形は 方解石そのものの結晶形ではないことになる。 仮晶だ。 ある鉱物の結晶の形だけが残り、 内部が他の鉱物に入れ替わっている場合、 これを仮晶と呼ぶ。 ところが玄能石の場合、 果たして元々何の鉱物の結晶だったのかがさっぱり判らない。 長い間、さまざまな憶測が乱れ飛んでいた。 それが近年になって、 イカ石Ikaite(CaCO3*6H2O)なる鉱物が 北極海の海底から発見されたのである。 低温の海水中で成長するこの炭酸カルシウムの鉱物こそ、 玄能石の元来の姿であるという一応の結論をみたのだった。 とはいえ、イカ石の仮晶だとすると 少々説明のつかない形の玄能石も存在しており、 まだまだ謎は完全に解けたとはいえないのであった。 写真はロシア産のもので、 2個の玄能石が砂岩に埋もれている。 分銅のような、ちょっと楽しい形の標本である。 |
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苦土かんらん石 (ペリドット) Peridot (Olivine,Forsterite) Mg2SiO4 |
ペリドットはかんらん石の宝石名で、 鉱物の方では一般にオリビンOlivine(box10)という。 これをさらに正確に分類すれば苦土かんらん石Forsteriteや 鉄かんらん石Fayaliteなどに分けられる。 我々が目にする緑色のヤツは、前者の苦土かんらん石だ。 中国産のこの標本は、産出状況はbox10とほぼ同じだが 右下にひときわ大きな結晶が鎮座ましましている。 大きなと言っても1センチ弱ではあるが、 色彩、透明度は十分宝石質。 まさしくペリドットの原石である。 |
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硬石膏 Anhydrite CaSO4 |
石膏Gypsumについては今までさまざまなタイプを紹介してきた。 その科学組成はCaSO4*2(H2O)である。 つまり、2分子の結晶水を含んでいる。 これに対し硬石膏Anhydriteは 水を含まない硫酸カルシウムの鉱物だ。 似て非なるもので、鉱物としてはまったくの別物になる。 確かに石膏より硬いが、モース硬度はせいぜい3.5程度で 硬石膏というよりも 無水石膏とでも呼んだ方がいい気がしなくもない。 英名のAnhydriteも「無水物」を意味する。 強い条線の走る板状の結晶は白〜淡青色を帯びて 独特の冷たい印象を身に纏う。 写真の標本はそれらの板状結晶が集まったもので、 何か雪の降り積もった氷の彫刻を思わせる。 |
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プランシェ石 Plancheite Cu8Si8O22(OH)4*(H2O) |
和名をプランヘ石としている文献もあるが、 まあこっちの方が綺麗なので採用。 以前も述べたように、鉱物の世界では 標準和名はあってなきが如し状態になっている。 スカイブルーの色合いは含銅鉱物の証であり、 シャッタカイトShattuckite:Cu5(SiO3)4(OH)2 や クリソコラChrysocolla:(Cu,Al)2H2Si2O5(OH)4*n(H2O)(box15)に よく似た産状を示す。 化学式を比較してみて頂きたい。 分類的には角閃石族Amphiboleに近縁のものとされている。 この標本では繊維状の結晶が集合して 柔らかい質感を醸し出しており、 ビロードのようでちょっと面白い。 |
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銅藍(コベリン) Covelline(Covellite) CuS |
ドウランと言っても顔に塗ったくるあれではない。 藍色を示す銅の鉱物だから銅藍。 同様の意味を持つ名前の鉱物に藍銅鉱(box5)があるが、 色彩は微妙に異なる。 藍銅鉱が透明感を帯びた澄んだ藍色なら、 銅藍のそれはぎらぎらした金属光沢だ。 比較的稀産の鉱物だが、この独特の色彩ゆえ人気は高い。 標本もまた独特の風貌をしている。 薄い板状の結晶がややルーズに重なったような集まったような、 何とも表現しにくい鉱石である。 写真にあるように、時に紫がかった遊色(イリデッセンス)を示す。 硬度が低く、また結晶も薄くて小さいので取扱には注意が必要。 なお、写真の標本はしばらく前に 手頃な値段で出ているのを見つけて喜んで入手したものだ。 ところが、この文章を書いている間にとある標本会に行ったら、 もっと非常に立派なブツが似たような値段で出ていた。 どうも今年は当たり年だったらしい。 |
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