Notes/21
孔雀石
Malachite








Cu2(CO3)(OH)2
年末のミネラルショーで見つけた物件で、
母岩から鮮やかな緑色の房が層状に生えている。
孔雀石の標本としてはちょっと面白いので紹介してみた。
繊維状になることの多い鉱物なので、
たまに見かける産状ではある。

但し、例によって銅の二次鉱物は種類が多い。
このような外見を示す鉱物は孔雀石だけとは限らない。
実際、手書きのラベルには最初クリソコラと書かれてあり、
それをボールペンで消してMarachiteになっていた。
少々心もとない。

そんな次第で、殊によると
ブロシャン銅鉱の可能性もあると睨んでいる私ではあった。
この2種類は希塩酸を使えば鑑定できるので、
いずれ折をみて試してみるつもりである。

採取したものの鑑定は自分でしなければならないのは当然だが、
ラベル付きの標本でも内容を鵜呑みにせず、
自分で調べてみるのもなかなか面白いものだ。
あるいはラベルに書かれていない共産鉱物も発見できるだろうし。

こういうのもまた、鉱物標本の楽しみ方のひとつである。
写真1
写真2
擬板チタン石
Pseudobrookite









Fe2(Ti,Fe)O5
ユタ州トーマス・レンジでは、
軽石質の石基の隙間に各種の鉱物が産する。
ここに紹介する擬板チタン石もそのひとつだ。

板チタン石Brookiteという鉱物がある。
ルチルや鋭錐石と同じTiO2で、チタンの酸化鉱物である。
斜方晶系に属し、薄い板型で産出するためにこの名がある。
擬板チタン石は、この板チタン石の名を拝借した鉱物なのだ。
従って「擬」の字は「板」ではなく「板チタン石」を修飾している。

普通に考えれば板もどきのチタン石の意味にとれるが、
そうではない。
英名のPseudobrookiteを直訳した結果、
このような少々具合の悪い名前になってしまったのだ。
Pseudoは「偽の」「似た」という意味のラテン語で、
動植物の学名ではおなじみの接頭辞である。
偽のブルッカイト。
板チタン石モドキと呼ぶわけにもゆかず、
擬板チタン石としたものであろう。

擬板チタン石の化学組成はFe2(Ti,Fe)O5
鉄とチタンの酸化鉱物になる。
黒い柱状結晶をなし、意外にヤワである。
取り扱いには十分注意したい。

共産するキラキラした小さな結晶は、
この産地の名産品のトパーズである。
写真1
写真2
コランダム(鋼玉)
Corundum







Al2O3
コランダムは研磨しなければ地味な鉱物だと以前に述べたが、
今回はちょっと見目よい原石を2点ほど紹介する。

白っぽい母岩に赤紫色の六角板が埋もれているものは、
以前コラムで触れたロシアの業者から買った品である。
透明度は低く宝石的価値はまったくないが、
鉱物の結晶標本としてはなかなかヴィヴィッドだ。
独特の帯赤紫色は深く美しい。

ちょっと母岩の方に目を向けてみよう。
白い脈状の鉱物はぱっと見石英のようだが、
コランダムは石英と接した状態では産出しないという法則がある。
仲が悪いのだ。
石英は酸化珪素SiO2の鉱物だが、
コランダムは珪素の不足している環境で生成する。

してみるとこの白い石の正体は何だろう。
光沢の感じは方解石にも思えるが、
他の地方での産状を考えると苦灰石かもしれない。
周りの部分のキラキラした結晶は雲母だ。
花崗岩の鉱床だろうか?

ルーペを片手にそんなことを考える。
ラベル無しの標本もなかなか楽しいものだ。
写真1
写真2
サファイア(コランダム)Sapphire(Corundum)










Al2O3
赤色透明のコランダムがルビーであり、
青色透明のそれがサファイアである。

コランダム自体は決して珍しい鉱物ではない。
日本でも各地に産出する。
しかし宝石質の品となるといきなり稀産になってしまう。
ショップではルビーやサファイアの原石が大安売りされているが、
大概は名前だけである。
「こんなちゃちい石ころが磨くと宝石になるんだ!」と
感心しがちであるが、
残念ながらワゴンセールのグレードの品は、
いくらカットし研磨しても宝石にはならない。

ただしそれでも産出量が多いため、
運が良ければ標本商でも宝石の一歩手前くらいの品に出会える。

インド洋に浮かぶセイロン島はさまざまな宝石の産地である。
ショップに出回る良質なサファイアの原石は、
主にスリランカ産が多い。
写真の原石もそのひとつである。
色彩は淡いが確かにカシミアブルーで、
透明度も申し分ない。
長辺1.5センチのシャープな結晶は、
独特の中央部が膨らんだ紡錘形を示している。

発色は鉄とチタンを微量に含むためとされている。
写真1
写真2
チロル銅鉱
Tyrolite




CaCu5(AsO4)2(CO3)(OH)4
*6(H2O)

名前の通りオーストリア領チロルの名産品である。
そしてこれまた名前の通り、
数ある銅の二次鉱物のひとつでもある。

産地が限られており、稀産でもあることから
まず実物を見る機会はないと思っていた。
するとミネラルフェアの会場で
あっさり原産地標本に出くわしたのではないか。びっくり。
しかも母岩の石英の色がやや冴えないせいか格安であった。
どうせ贅沢を言えた身分ではないので、
一も二もなく購入しちまったのであった。

どことなく親しみやすい印象があるのは、
名前がチロルチョコに似ているからに違いない。
写真1
写真2
モリブデン鉛鉱
Wulfenite





PbMoO4
2度目の登場になるモリブデン鉛鉱だ。
以前紹介したモロッコ産に比べ、
アリゾナ産のこの標本は結晶は薄いが透明度が高く、
オレンジ味も強い。

モリブデンMoは酸素と結びついてモリブデン酸基MoO4を作る。
これが鉛Pbと結びついたのが本鉱である。
同様にクロム酸基CrO4が結びつけば紅鉛鉱、
バナジン酸基VO4の場合はバナジン鉛鉱、
硫酸基SO4なら硫酸鉛鉱、
炭酸基CO3で白鉛鉱になる。

銅の鉱物はカラフルであるが、
鉛の鉱物も鮮やかで美しい輝きを放つ。
いずれも比重が高いのも、
ありがたみを感じさせるひとつの原因かもしれない。
写真1
写真2
紅安鉱
Kermesite













Sb2S2O
和名の示すように紅色を帯びたアンチモンの鉱物である。
化学式を見て頂きたい。
硫黄と酸素が共存しながらSO4の硫酸基になっていない。
これは輝安鉱Sb2S3の硫黄Sの分子がひとつ
酸素に置き換わった形であり、分類上は硫化鉱物になる。
硫化鉱物に酸素が加わると
大概硫酸基を持つ硫酸塩鉱物になってしまうので、
このような構造はちょっと珍しい。

あまり関係ないのだが、池袋のミネラルショーに行った際、
通訳兼売り子らしきおばさまが
輝安鉱のことを頻りに訳知り顔で
「スティブコナイト」と言っていたのを思い出した。
輝安鉱はStibnite、スティブナイトである。
Stibiconiteという鉱物が別にあるので混同していたらしい。
素人であることを隠そうともしない通訳もナンだが、
専門店の店員が客相手に堂々とウソ八百を並べ立てられても困る。
他山の石として私も気をつけたい。

紅安鉱は外見もやはり輝安鉱に似ている。
実際、輝安鉱の形を残して
中味が紅安鉱に入れ替わっている場合も少なくない。
ただ、紅安鉱はその名のごとく結晶が美しい桜色を帯びている。
このため非常に人気が高く、稀産種の割に市場に出回っている。
但しなかなかこれはという標本には出会えない。
多くはルーペで見たり透かしたり
角度を変えてみてやっと仄かに赤味が判る程度だ。

写真の標本も決して紅色は濃くないが、
長いもので3センチに及ぶ結晶が見事なので紹介する。
なかなかこれほど堂々とした物件にはお目にかかれない。

輝安鉱も丈夫ではないが、
紅安鉱はモース硬度が1〜1.5しかなく、
さらに華奢である。
おまけにこのような細い細い針状集合体だったりするので、
取り扱いには細心の注意が必要だ。
うっかり息を吹きかけても折れかねない。
おかげで緩衝材の綿の繊維が取り除けないのには少々閉口した。
写真1
写真2
写真3
バリッシャー石
Variscite






AlPO4*2(H2O)
トルコ石に近い仲間で、
実際トルコ石の代用品としてアクセサリーに使用される。

そんな具合で別に珍しくない鉱物なのだが、
なぜか意外と原石が出回っておらず
ここ1年ほどずっと探していた。
いざ見つかったと思ったら、
ショップの抽斗の奥の箱にごろごろ転がっていて
どれでも一個500円だった。

標本や宝飾品としての価値はともかく、
バリッシャー石は美しい鉱物である。
その青リンゴのような独特の色調はたおやかで優しい。

写真のユタ州産は有名産地である。
「楽しい鉱物図鑑」にも紹介されている、
燐酸質の堆積物の礫がバリッシャー石化したものだ。

条痕色は白。発色は鉄などの不純物による。
写真1
灰電気石と菱苦土石Uvite on Magnesite



[灰電気石]
(Ca,Na)(Mg,Fe)3Al5Mg
(BO3)3Si6O18(OH,F)

[菱苦土石]
MgCO3
写真には3種類の鉱物の結晶が写っている。

土台になっている大きな結晶は水晶で、
その上の透明の菱形結晶はマグネサイト(菱苦土石)。
それらを彩る赤褐色透明な結晶は、
トルマリングループの一員である灰電気石Uviteだ。
一個の標本で3種の鉱物の結晶が楽しめることはあまりない。
しかもいずれも透明度が高く、
いたって清楚な雰囲気を醸し出している。
ブラジルのブルマドの名産品である。

灰電気石は鉄分の含有量によって色あいが変わる。
同地方産の標本には緑色のものもあり、
この場合はやや鉄分が不足している。

Uviteの名はスリランカのUvaで発見されたことに因む。
和名はカルシウムを主成分とする電気石の意味である。
写真1
写真2
緑簾石
Epidote










Ca2(Fe,Al)3(SiO4)3(OH)
緑色ですだれのような外観を示すから緑簾(れん)石。
すだれ系の鉱物には10種類ほどがあり、、
中にはあの美しいタンザナイト(灰簾石)も含まれる。
ここに紹介する緑簾石が一番ポピュラーなので、
すだれ系を代表して緑簾石グループと呼んでいる。

一口にすだれ状と言っても、
やはり実際の産状はさまざまだ。
写真の標本はちょっと面白い形をしている。
細い結晶の集合体なのだ。
ひとつひとつの結晶は条線の入った板柱状を示しており、
これは本鉱の特徴をよく表している。

標本全体の大きさは4.5センチほど。
比重は3.25〜3.52と決して高くはないが、
手に持った感触は結構ずしりと重い。
人間の重量感は見た目や形に左右される。
極めてファジィなものなので、
あまりアテにしない方がよろしい。
色彩は名前に忠実に渋い緑色である。
半透明で光に透かすとなかなか美しい。

硬度が6〜7と比較的高いこともあり、
透明度の高いものはカットされ宝石にされたりもする。

日本でも各地で産出が知られ、
中でも長野県の武石村は名高い。
この産地のものは、火山岩の団塊中に
緑色針状の結晶が詰まっており、
その様子を餡の入った餅になぞらえて「焼餅石」と呼ばれている。
写真1
写真2