Notes/22
松茸式アメジスト(石英)
Scepter Amethyst
(Quartz)







SiO2
清水健太郎の歌にもあるアメジストは紫水晶である。
発音としては「アメシスト」が正しいが、
いちいち舌を噛んでthの音を出さなければならない。
ここは素直にアメジストとしておこう。

宝石としては高貴なイメージのある紫水晶だが、
鉱物標本としてのそれには、
正直私はあまり惹かれるものがない。
たぶん水晶という鉱物に
モノトーンの美しさを求めているのだろう。
ほんのり染まっている程度の色味なら好きなものの、
アメジストの原石には何だか焼け焦げたような物件が多いのだ。

写真にはきのこのような変てこりんな水晶が写っている。
実際、日本では松茸式と呼ばれる形状だ。

これは以前紹介した山入水晶と同様、
一度出来た水晶の上に、
時間を置いて別の結晶が成長した様子なのである。
欧米では王様の持つ笏になぞらえて
セプター・クォーツScepter Quartzと称する。
写真の標本は、
この傘の部分だけがアメジスト化したものである。

きのこ好きとして、なんとなく紹介してみた次第。
写真1
写真2
翠銅鉱
Dioptase



CuSiO2(OH)2
box4で微細な結晶の集合を紹介した翠銅鉱の、
今度は5ミリサイズの結晶である。
実際に標本市場で見かけるのはこちらのタイプが多いし、目立つ。
その色調は目を疑うような鮮やかさだ。
人工物質だと言われた方が納得できるまである。

カザフスタン産とナミビアのツメブ産が有名で、
ショップに並ぶものはまずこのどちらかである。
両産地で色味や濃さが異なるので、
できれば両方を見比べて気に入った方をチョイスしたい。
写真のものはツメブ産である。
写真1
写真2
斑銅鉱
Bornite





















Cu5FeS4
斑銅鉱は世界中に広く産出する銅と鉄の硫化鉱物だ。
そしてちょっと変わった性質で有名である。

斑銅鉱の塊をハンマーで打ち欠いてみよう。
光沢のある赤褐色の金属が現われる筈だ。
しかし破面は次第に変色し、
最終的には青紫色になってしまう。
同時に酸化した表面はしばしば
虹のようなさまざまな色合いを帯びる。

このような遊色(イリデッセンス)は
鉱山の方では「トカゲ箔」と呼ばれ、
斑銅鉱の特徴として広く知られている。
トカゲの幼生は背中が虹色に光って見えることに由来する呼称だ。

ところで問題は、こうした遊色は斑銅鉱の専売特許ではない点にある。
たとえばbox11で紹介した黄銅鉱にも、
酸化した表面には虹色のイリデッセンスが見られる。
そして始末が悪いことに、黄銅鉱と斑銅鉱は共産しやすいのである。

だいぶ前に、斑銅鉱とラベルのついた、
小さな虹色の鉱石標本を購入したことがある。
ふと気になって端を欠いてみたら、
明るい黄金色の破面がぴかりと輝いた。
黄銅鉱だったのである。

実際、黄銅鉱の塊の表面を薬品処理して
斑銅鉱と偽って売るケースもあるらしい。
両者は前述のように混じって産出することもあるので、
標本商に悪気があったかどうかは判らない。
ただ、以来ここの標本はあまり信用しなくなってしまった。

ここに示した標本も一筋縄ではいかない。
国際ミネラルショーで海外の業者から入手した品である。
斑銅鉱の良品は以前から探していたので、
これなら意にかなうと喜んで購入したものだ。

が、帰ってラベルをよく見ると「Bouronoite」とある。
斑銅鉱はBorniteだ。ちょっと綴りが違う。
Bouronoiteはbox15で紹介した車骨鉱の英名なのだ。
私は首を捻った。
ためつすがめつしてみたが、車骨鉱らしきものは見当たらない。
産地でも調べてみた。
San Martinからの車骨鉱の産出の報告は判らなかったが、
代りに斑銅鉱は普通に産することが判った。
試しに端を欠いてみたらちゃんと赤銅色である。まあ間違いなかろう。

そんな次第で、
やっと斑銅鉱の標本として紹介するに至ったものである。

塊状での産出は普通だが、
黄銅鉱同様に結晶はまれにしか見られない。
写真1
写真2
自然銀(ヒゲ銀)
Silver



Ag
上記の斑銅鉱は、銀と共産することが多い。
殊にメキシコのSan Martinでは、
自然銀と斑銅鉱の組み合わさった標本は名物である。

そんな訳で斑銅鉱の標本をひっくり返してみたら、
端の方に茶色いぐにゃぐにゃした金属が生えていた。
自然銀である。
このような産状をヒゲ銀Wire Silverと呼ぶことは、
以前に述べた通り。
褐色なのは例によって既に表面が酸化しているからである。
銀磨きで磨けば銀色になる…はずだ。
写真1
ブルーカルセドニー
(玉髄)
Blue Chalsedony

 







SiO2

カルセドニーとはややこしい言葉でいうと隠微晶質石英である。

石英の肉眼で見えるサイズの結晶を水晶という。
この水晶がものすごーく小さくなったもののカタマリが、
つまりカルセドニーなのである。玉髄(ぎょくずい)ともいう。

結晶の大きさはともあれ、石英は非常に丈夫な鉱物だ。
透明感もあり美しいので宝飾品になる。
しかしこのことは同時に呼称の混同を招く結果にもなった。
宝石の方ではカルセドニーの仲間に
むやみと色んな名前をつけてしまったのである。
曰くアゲート、曰くオニキス、曰くサード、曰くサードニクス、
曰くクリソプレーズ。基本的には全部同じ鉱物だ。
ここに紹介したブルーカルセドニーも、
そういった連中のお仲間である。

もっとも、業者がどう名前をつけようが
たとえば子供たちにとってはこれらは全て
「つるつるしたきれいな石ころ」でしかない。
そんな綺麗さに惹かれて石を集めだす。
プレミアや投機目的などこれっぽちも考えることなく。
そういうのが、本来の鉱物コレクションの姿ではなかろうか。

この一片が2センチ程の安価なブルーカルセドニーは、
まさに綺麗な石ころそのものである。
熱帯魚水槽に沈めてみたりしてもよいだろう。

後生大事に宝石箱にしまいこむのだけが、
コレクションではないのだから。
写真1
イネス石
Inesite








Ca2Mn7Si10O28(OH)2*5(H2O)

淡いピンク色というか肉色というか、
独特の色彩を持った鉱物である。
英名も「肉の筋」を意味する。

この写真ではあまり肉の筋っぽくないが、
ミネラルフェアではまるっきり解剖図に出てくるような
肉肉した標本を見かけた。
名前の由来が判りやすいので購入しようかどうか迷った挙句、
見てくれが少々不気味なので諦めた経緯がある。

写真のものはマンガン鉱の母岩上に粗い針状結晶が群生している。
あまり見かけない産地産状だが、
2001年暮のミネラルフェアではあちこちの店に出回っていた。
まとまった産出があったものとみえる。

複数のショップが出店するフェアではこのような事態は珍しくない。
おそらく直前の海外ショーで皆が買い付けたのだろう。
慌てず騒がずいくつかのショップを回って検討するべし。

写真の標本を買った店では、青い眼の兄ちゃんが
一枚しかない手書きのラベルをつけてくれた。

嬉しかったが、いまいち字が殴り書きだった。
判読に自信がないので、産地名は少々うろんである。
写真1
写真2
自然水銀
Mercury















Hg

水銀は常温で液体の状態を示す唯一無二の金属鉱物である。

常温で液状の鉱物といえば水だ。
水は摂氏0度で凍る。つまり固体になる。
実は水銀も摂氏マイナス37度で固まるのだ。
従ってちゃんと結晶もあり、等軸晶系に分類される。

しかし我々が普段生活している空間は
なかなかマイナス37度にはならないので、
目にする水銀は常に液状である。
これがこのまま他の鉱物同様に岩石中に湧いて出ているさまは、
何度見てもちょっと妙な気持になる。
写真をご覧頂きたい。
母岩の表面についた銀色の滴が自然水銀である。
赤い部分は硫化水銀の鉱物の辰砂(box3)で、
ほぼ必ずと言っていいほど共産している。

水銀はやたらと表面張力が強い。
昔の体温計を壊したことがある人はご存知だろう。
水のように流れてしまうことがなく、
ころころと銀色の玉になって転がっている。
自然の産出状態でも同じことである。

辰砂の項で述べたように、
水銀は非常に古くから人類に使われた金属だった。

子供の頃、金メッキの万年筆の先に
水銀を塗りたくって遊んだことがある。
不思議なことに、銀色の液体は玉になることなく
メッキ部分にさらさらと延びてしまうのだ。
これは水銀が金と化合してアマルガムを作るためで、
ペン先はすっかり銀色に染まってしまう。
嬉しくなって思わず手元の万年筆を全部アマルガムにしてしまった。
これは化学の実験としてはなかなか有意義だが、
一般的にはあまり賢い行為とはいえない。
アマルガムは義歯などに利用されている。

そんな楽しくも便利な水銀だが、実は毒性がかなり強い。
あの恐ろしい水俣病は水銀中毒である。

現在は水銀の需要は減る一方であるという。
写真1
写真2
燐灰石(弗素燐灰石)Apatite






Ca5(PO4)3F
以前紹介したのと同じ、メキシコ産の燐灰石である。
小さな水晶の山に埋もれた様が美しく、
ふらふらと入手してしまった。

燐酸カルシウムの鉱物である燐灰石は、
地球上に普遍的に存在している。
化学式Ca5(PO4)3Fの最後の部分は様々な元素で置き換えられ、
グループを形成する。
一番普通に見られるのはここにも挙げた弗素燐灰石。
これがCa5(PO4)3OHになると水酸燐灰石になり、
骨や歯の主成分だ。
まれに塩素Clを多く含むものがあり、塩素燐灰石と呼ばれる。
また、燐酸基PO4以外に炭酸基CO3を持つものもあり、
それぞれ炭酸弗素燐灰石や炭酸水酸燐灰石などと名前がついている。

全般に日本は燐酸塩鉱物の種類のすくない国だが、
例外的に燐灰石は結構広く産出する。
それらのいくつかは非常に清楚で美しいたたずまいの結晶を示す。
写真1
写真2
輝銀鉱(針銀鉱)
Argentite(Acanthite)

















Ag2S
「輝」は硫化鉱物の接頭辞だ。
すなわち輝銀鉱は銀の硫化鉱物である。
と書いてしまえばすこぶる簡単だが、
どうしてどうして。
これがなかなかやっかいな鉱物なのだった。

鉱物には生成条件というものがある。
同じ鉱物は必ずある一定の条件下でかたちづくられる。
輝銀鉱は179℃以上の高温で生成されることがわかっている。
先の水銀の話ではないが、
我々の生活空間である地上は普通
そのような温度を記録することはない。

つまり掘り出した時点で輝銀鉱は179℃以下に冷えている。
どうなるか。
驚くべきことに別な鉱物に変わってしまうのだった。
カッコ内に記した針銀鉱である。

別な鉱物といっても化学組成が変わるわけはない。
変わるのは分子の結晶構造だ。
輝銀鉱が等軸晶系なのに対し、
同じ化学式Ag2Sで表される針銀鉱は、
単斜晶系に属する鉱物なのである。

このように化学式は同じなのに結晶構造の違う鉱物を、
今まで何度か紹介してきたように同質異像の関係という。

結局、通常私たちが目にするAg2Sの鉱物は、
すべて針銀鉱だということになる。
なんせ輝銀鉱は179℃以上でないと存在しえないのだ。

だったら針銀鉱として紹介してしまってもよいのだが、
いったん輝銀鉱として生成した物件は、
見た目輝銀鉱の形態を残したまま
内部だけが針銀鉱に変化してしまっている。
このような場合、標本は輝銀鉱でもあり針銀鉱でもあることになる。
ここに紹介したのは、
そういうどっちつかずの標本なのであった。

もっともポピュラーな銀の鉱物で、
モース硬度2〜2.5と非常に柔らかい。
本邦の銀のもっとも重要な鉱石である銀黒(ぎんぐろ)は、
主に輝銀鉱(針銀鉱)で構成されている。
写真1
写真2
ポリバス鉱
Polybasite










(Ag,Cu)16Sb2S11
引き続きメキシコ産の銀の鉱物を紹介する。
ポリバス鉱は銀の他に
銅だのアンチモンだの硫黄だのを含む鉱物である。
図鑑によっては雑銀鉱の名で紹介されている。

ところで以前も触れたようにアンチモンと砒素は仲がよろしい。
化学式(Ag,Cu)16Sb2S11のSbの部分は
任意に砒素Asと置き換わってしまう。
砒素がアンチモンの量を超え、
(Ag,Cu)16As2S11になったものには
ピアース鉱Pearceiteという別の名前がついている。

このように2種類の鉱物の関係が、
ある成分の多寡によって連続しているケースは非常に多い。
当然、中間的なものも存在することになる。
砒素を含むポリバス鉱やアンチモンを含むピアース鉱だ。

これに対し、
砒素をまったく含まないポリバス鉱や、
完全にアンチモンが砒素に置き換わったピアース鉱は
化学式にきわめて忠実な標本ということになる。

この手の極右や極左の連中を、
鉱物学では「端成分」と呼んでいる。
連続的な変化の端っこに位置するサンプルなのである。

ポリバス鉱は写真のように薄べったい板状の結晶を作る。
多くの銀鉱物の例にもれず、硬度2〜3と柔らかい。
写真1
写真2
魚眼石
Apophyllite







KCa4(Si4O10)2(F,OH)*8H2O
昨年末のコラムで触れたように、
ミネラルフェアで店員を困らせた問題のグリーン魚眼石である。

今更のようにフォローしておくと、
日本人の店員は
本鉱が「アポフィライト」であることは知っていたらしい。
ただ、それが魚眼石だとは思っていなかったのである。
アポフィライトといえば世界中で通用するが、
魚眼石は日本人にしか通じないので、
彼女の理解の仕方は別に間違ってはいない。

ただ、日本人が日本でモノを売る姿勢としては
やや問題があるっつーだけで。

インドの業者は結構二束三文で売っていたが、
一般にグリーン魚眼石は無色のそれよりも値が張る。
緑が濃くなればさらに高くなる。

某ショップのケースにずっと飾ってある
見事なグリーン魚眼石の標本には、
写真のものの6、70倍の値がつけられているのだった。
その美しさからいえば決して高すぎるとは思わないが。
どうせ買わないし。
写真1
写真2