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輝安鉱 Stibnite Sb2S3 |
今回は少し国産の標本をまとめて紹介してみたい。 一番手は名高い市ノ川産の輝安鉱である。 今まで2度本鉱を紹介した際にもいちいち名前を挙げた、 世界に誇るコレクターズアイテムである。 残念ながら鉱山自体はとうの昔に閉山、絶産になっており、 現在出回っているのはコレクターの放出品だ。 従って保管状態により程度は異なる。 それらの物件には明治大正期に採集されたものも少なくない。 輝安鉱は鶏冠石や濃紅銀鉱ほどではないにせよ、 決して経年変化に強い鉱物ではない。 硬度も低くてもろいため、 無造作にしまわれていた場合は黒ずんでボロっちくなっている。 市ノ川産の輝安鉱が有名なのは、 その見事な結晶形と光輝に加えて かなりの大きさの標本が採取できたためでもあった。 ショップでもまれに市ノ川産の 数十センチに達するサイズの巨晶に出くわすことがある。 長辺方向に走る強い条線、 削り出したばかりのようなメタリックな銀灰色は 正しく「輝」の接頭辞に相応しい美しさだ。 このようなシロモノは一応値段はついているが、 まあ展示品と言ってよろしい。 この標本もおそらく誰かが手放したコレクションなのだろう。 3センチ弱ということもあって格安だった。 国産鉱物は、本邦産であること自体にプレミアがついている場合と、 単純に標本の程度で価値が判断されている場合がある。 これは幸い後者の場合だったものとみえる。 ぱっと見は大して立派ではないが、 こうして拡大してみると やはり名産地の品らしい風格が漂い、往時を偲ばせる。 全体が紙の束を押し曲げたようにカーブしているのは、 本鉱の特徴をよく表している。 写真3は愛知県振草産の本鉱。 後に紹介する硫砒鉄鉱の標本の裏側に隠れていたのを、 ルーペで探し出したものである。 輝安鉱の結晶の多くはこのような針状をなす。 |
写真1 写真2 写真3 |
焼餅石(緑簾石) Epidote Ca2(Fe,Al)3(SiO4)3(OH) |
box21のテキストで触れた焼餅石である。 外観は丸い土の塊のようだが、 割ってみるとご覧のようなうぐいす餡が入っている。 餡の正体が緑簾石であることは、すでに述べた通り。 産地の長野県武石村は、本鉱をはじめ 玄能石や村の名を冠した武石といった さまざまな鉱物を産出することで知られている。 これは明治時代にこの地の小学校に赴任した、 保科百助氏の力に拠るところが大きい。 彼は校長としての職務の合間に この地方の鉱物資源を徹底的に調査した。 古代人の石器だと思われていた玄能石が 天然の鉱物であることが証明されたのは、 保科氏の功績なのである。 |
写真1 |
磁鉄鉱 Magnetite
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たたら製鉄に使われる原料は磁鉄鉱である。 刀鍛治がとんてんかんてん打っていたのは、 砂鉄を精錬したものであった。 そんな訳で、日本各地で良質の磁鉄鉱の産出が知られている。 長崎県西彼杵の大串では、 緑泥石中に美しい八面体の結晶を産した。 写真の標本はこのタイプである。 三角形の結晶面が渋い光沢を放ち、 国産標本に似つかわしい 一種水墨画のような侘びのたたずまいを示している。 緑泥石は変質して粘土になることがある。 風化した母岩から分離した結晶は、 川底や砂浜に蓄積してゆく。 これが砂鉄なのである。 たたら製鉄には危険が伴い、 作業に携わる職人は目や脚を痛め失う者が多かった。 「たたら神」「一本だたら」と呼ばれる片目片足の異形の神は、 こうしたいたましい歴史の上に生まれた信仰であるという。 そう教えてくれたのは同業のA先生である。 得体の知れないことに詳しいな貴方も。 |
写真1 写真2 |
水晶(日本式双晶) Quartz(Japanese law twin) SiO2 |
水晶もまた日本各地で産出した鉱物だ。 現在は残念なことに採掘は行われていない。 在りし日の水晶採りの人々の姿は、 堀秀道「楽しい鉱物学」に一章を割いて紹介されている。 舞台は山梨県甲府の水晶峠だ。 水晶峠では、ふたつの結晶が正確に84°33"で 組み合わさったかたちの双晶を多く産出した。 このような軍配型やハート型の水晶は 日本式双晶Japanese law twinと呼ばれ、 世界各地の博物館におさめられている。 写真は甲府産ではないが、 れっきとした本邦産の日本式双晶である。 産地の長崎県南松浦郡奈留町は五島列島に属する島で、 福江島の北東に位置する。 松浦は蒙古襲来の折に元軍と戦った水軍松浦党の本拠であり、 魏志倭人伝に登場する末蘆(まつら)国の所在地であるとの説もある。 そんな歴史をも語る、水晶の軍配である。 |
写真1 写真2 |
硫砒鉄鉱 Arsenopyrite FeAsS |
硫黄と鉄の化合物が黄鉄鉱Pyrite。 これに砒素Arsenicが加わると硫砒鉄鉱Arsenopyriteになる。 結晶形は菱餅型か菱形柱状で、銀白色または銅灰色を示す。 黄銅鉱のように表面が酸化して真鍮色を帯びることもある。 独特の雰囲気があり、結晶の鑑定は比較的容易な方だ。 愛知県振草の鉱山では、 粘土鉱物中に黄鉄鉱や輝安鉱と共産する。 写真でやや黄金色に見える部分は黄鉄鉱。 標本裏側の窪みには輝安鉱の針がこっそり生えており、 これは先に紹介した。 粘土は風化しやすいため、結晶が分離したものもよく見られる。 黄鉄鉱はポピュラーな鉱物だし、 硫砒鉄鉱も普通に産出する。 ところが、ここから硫黄が抜けた 砒鉄鉱Loellingite,FeAs2になると ちょっと珍しい鉱物になってしまう。 地中にそれだけ硫黄分が多いのか、 あるいは砒素が単体で化合するのを嫌がるのか。 砒鉄鉱は硫砒鉄鉱に外見が似るが、 硫砒鉄鉱の方が結晶しやすいのと 砒鉄鉱は黄鉄鉱と共産しないことで見分けることができる。 |
写真1 写真2 |
スパー石 Spurrite
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岡山県備中町布賀は、 専門用語で言うところの高温スカルン帯になる。 少々乱暴な言い方をすれば、 日本では珍しい鉱物が多産する場所だと思って頂ければいい。 美しい逸見石Henmiliteや備中石Bicchuliteは 布賀で発見された新鉱物である。 新宿のミネラルフェアで 逸見石を見かけた時はちょっと胸ときめいたが、 値札に二の足を踏んでしまったのは内緒だ。 ここに紹介するスパー石も、 そんな布賀産の稀産鉱物のひとつである。 普通はやや透明感のある灰白色の地味な石だが、 布賀の一部の地域では例外的にラベンダー色の本鉱を産し、 名物のひとつとなっている。 この色のスパー石が発見されたのは1970年で、 比較的最近のことだ。 それ以降に出版ないし改訂された図鑑には、 必ずこの紫色の鉱物が誇らしげに掲載されている。 発色の原因は生成過程にあるらしい。 堀先生はチタンの混入によるという説を紹介している。 布賀では暗灰色のゲーレン石Gehleniteや ヒレブランド石Hillebranditeを伴って産出する。 いずれも高温スカルン鉱物である。 スパーというとつい温泉を想像してしまうのだが、 アメリカの地質学者スパーSpurrに因む命名なのだった。 |
写真1 写真2 |
中宇利石 Nakauriite Cu8(SO4)4(CO3)(OH)6 |
墨絵の国、と歌ったのはサディスティック・ミカ・バンドだった。 日本産の鉱物の色彩は抑制の効いたものが多い。 モノトーンか、あるいは色があってもブラウン系。 渋めというか地味な印象がある。 しかし、中にはラベンダー色のスパー石や ここで紹介する中宇利石のように パステルカラーに輝く鉱物たちも存在しているのだ。 愛知県東部に位置する中宇利鉱山で、 蛇紋岩中の割れ目から見慣れない空色の鉱物が見つかった。 これが愛知教育大の鈴木重人・杉浦孜・ 名古屋大学の伊藤正裕らの研究により、 未知の含水硫酸塩鉱物として 国際鉱物学連合に申請され、その承認を受けたのである。 新鉱物は原産地の名前を取って 中宇利石Nakauriiteと命名された。 1976年のことであった。 鈴木は本鉱の発見により、 新鉱物の研究に顕著な業績のあった人物に贈られる 櫻井賞(第14号メダル)を受賞している。 中宇利鉱山は戦時中に銅を採掘していたとされ、 鮮やかな発色は銅のためと思われる。 鈴木らは本鉱の理想化学式を Cu8(SO4)4(CO3)(OH)6*48(H2O)とした。 但しこれには異論もあり、 なお検討の余地ありとされている。 (「日本の新鉱物1934-2000」松原聰監修・宮島宏著に基づく) 写真の青い部分が中宇利石。 微細な針状〜繊維状結晶をなし、 ガラス光沢を持つ。 高知県南国市や埼玉県上川町からも産出の報告がある。 非常に美しい本邦産の鉱物のひとつである。 |
写真1 写真2 |
毛鉱 Jamesonite Pb4FeSb6S14 |
毛状だから毛鉱。 わかりやすい命名だが、 このような産状を示す鉱物は本鉱だけではない。 さらに言えば毛鉱も絶対に毛状を示すとは限らない。 現に写真の標本も、 毛というよりはフェルトかスポンジのような外観である。 また、なお始末の悪いことに 毛鉱とまったく同じような見てくれの鉱物が、 同じ場所で産出したりもする。 box.24で紹介するブーランジェ鉱Boulangeriteはその代表格で、 これらを肉眼で見分けることは不可能だ。 この標本もとりあえずはラベルに従って毛鉱としておくが、 「楽しい鉱物図鑑」には秩父産の毛鉱をX線回析したところ ほとんどがブーランジェ鉱だった、という事例を紹介している。 従ってこれもブーランジェ鉱の可能性があることは 示唆しておきたい。 そのような細かい分類学的な事情はともかく、 毛鉱やブーランジェ鉱の標本は楽しい。 このスチールウールそのままの物体が天然の産物だと思うと、 改めて結晶の面白さ不思議さに感心させられる。 |
写真1 写真2 |
ズニ石 Zunyite Al13Si5O20(OH,F)18Cl |
ズニとは妙な語感だが、産地名である。 コロラド州の鉱山だ。 日本では蝋石中に数ミリ以下の 四周完全な正四面体の結晶が埋まっている状態で産出する。 写真のようにごそっと群れている場合が多い。 これは別に日本だから小粒なわけではなく、 ズニ石はこういう鉱物なのだ。 一見無色や灰色で地味くさいが、 正三角形の結晶面はシャープである。 標本を持ってライトの角度を変えてやると、 ガラスの欠片のようにキラキラと輝いてみえる。 日本では10ヵ所近い産地が知られているが、 世界的にはさほどポピュラーな鉱物でもないらしい。 長崎県佐久町余地は有名産地のひとつ。 葉蝋石と石英を主とする変質帯中に脈状で産する。 |
写真1 写真2 |
鉄斧石 Ferroaxinite Ca2FeAl2BSi4O15(OH) |
斧石というグループがある。 結晶が斧のような鋭利な形を示すために名付けられた。 英名のAxiniteも斧Axeに由来する。 つーか和名が直訳なのか。 大分県尾平鉱山は九州を代表する有名鉱物産地である。 元来は錫・銅・鉛・亜鉛を採掘しており、 それぞれの鉱床でさまざまな鉱物を産出した。 図鑑にも硫砒鉄鉱や鉄電気石、砒鉄鉱や珪灰鉄鉱の 見事な標本が掲載されている。 中でもスカルンから産出した鉄斧石は世界的に有名だ。 時に透明感を示すずっしりした結晶の集合体は、 市ノ川の輝安鉱と並んで国内外の博物館に収められた。 鉱物資源には限りがある。 市ノ川同様、古くから知られた尾平の斧石も すでに絶産となって久しい。 写真は尾平産の長辺5センチほどの結晶の集合である。 濃褐色に鋭利な刃の刻まれたそれは、 一刀彫りにも似て非常に重厚な存在感を漂わせている。 誰かのコレクションが流れてきたものなのだろう。 黄ばんでしまった採集者の手書きのラベルが、 しわくちゃのまま添えられていた。 色褪せたインクは記している。 「Axinite 斧石 大分県蔵内尾平鉱山」 ラベルを畳むとビニールシートに挟んで標本の下にしまった。 いつかこの標本がまた他の誰かの手にわたる時、 採集者の思いが一緒に伝わるように。 尾平の斧石が 鉄分を多く含む鉄斧石Ferroaxiniteであると判明したのは 比較的最近のことである。 「楽しい鉱物図鑑」第1版でも単に斧石と紹介されている。 |
写真1 写真2 |