Notes/23
輝安鉱
Stibnite













Sb2S3
今回は少し国産の標本をまとめて紹介してみたい。
一番手は名高い市ノ川産の輝安鉱である。
今まで2度本鉱を紹介した際にもいちいち名前を挙げた、
世界に誇るコレクターズアイテムである。
残念ながら鉱山自体はとうの昔に閉山、絶産になっており、
現在出回っているのはコレクターの放出品だ。
従って保管状態により程度は異なる。

それらの物件には明治大正期に採集されたものも少なくない。
輝安鉱は鶏冠石や濃紅銀鉱ほどではないにせよ、
決して経年変化に強い鉱物ではない。
硬度も低くてもろいため、
無造作にしまわれていた場合は黒ずんでボロっちくなっている。

市ノ川産の輝安鉱が有名なのは、
その見事な結晶形と光輝に加えて
かなりの大きさの標本が採取できたためでもあった。
ショップでもまれに市ノ川産の
数十センチに達するサイズの巨晶に出くわすことがある。
長辺方向に走る強い条線、
削り出したばかりのようなメタリックな銀灰色は
正しく「輝」の接頭辞に相応しい美しさだ。
このようなシロモノは一応値段はついているが、
まあ展示品と言ってよろしい。

この標本もおそらく誰かが手放したコレクションなのだろう。
3センチ弱ということもあって格安だった。
国産鉱物は、本邦産であること自体にプレミアがついている場合と、
単純に標本の程度で価値が判断されている場合がある。
これは幸い後者の場合だったものとみえる。
ぱっと見は大して立派ではないが、
こうして拡大してみると
やはり名産地の品らしい風格が漂い、往時を偲ばせる。
全体が紙の束を押し曲げたようにカーブしているのは、
本鉱の特徴をよく表している。

写真3は愛知県振草産の本鉱。
後に紹介する硫砒鉄鉱の標本の裏側に隠れていたのを、
ルーペで探し出したものである。
輝安鉱の結晶の多くはこのような針状をなす。
写真1
写真2
写真3
焼餅石(緑簾石)
Epidote





Ca2(Fe,Al)3(SiO4)3(OH)
box21のテキストで触れた焼餅石である。
外観は丸い土の塊のようだが、
割ってみるとご覧のようなうぐいす餡が入っている。
餡の正体が緑簾石であることは、すでに述べた通り。

産地の長野県武石村は、本鉱をはじめ
玄能石や村の名を冠した武石といった
さまざまな鉱物を産出することで知られている。
これは明治時代にこの地の小学校に赴任した、
保科百助氏の力に拠るところが大きい。
彼は校長としての職務の合間に
この地方の鉱物資源を徹底的に調査した。

古代人の石器だと思われていた玄能石が
天然の鉱物であることが証明されたのは、
保科氏の功績なのである。
写真1

磁鉄鉱
Magnetite








Fe3O4

たたら製鉄に使われる原料は磁鉄鉱である。
刀鍛治がとんてんかんてん打っていたのは、
砂鉄を精錬したものであった。
そんな訳で、日本各地で良質の磁鉄鉱の産出が知られている。

長崎県西彼杵の大串では、
緑泥石中に美しい八面体の結晶を産した。
写真の標本はこのタイプである。
三角形の結晶面が渋い光沢を放ち、
国産標本に似つかわしい
一種水墨画のような侘びのたたずまいを示している。

緑泥石は変質して粘土になることがある。
風化した母岩から分離した結晶は、
川底や砂浜に蓄積してゆく。
これが砂鉄なのである。

たたら製鉄には危険が伴い、
作業に携わる職人は目や脚を痛め失う者が多かった。
「たたら神」「一本だたら」と呼ばれる片目片足の異形の神は、
こうしたいたましい歴史の上に生まれた信仰であるという。

そう教えてくれたのは同業のA先生である。
得体の知れないことに詳しいな貴方も。
写真1
写真2
水晶(日本式双晶)
Quartz(Japanese law twin)







SiO2
水晶もまた日本各地で産出した鉱物だ。
現在は残念なことに採掘は行われていない。
在りし日の水晶採りの人々の姿は、
堀秀道「楽しい鉱物学」に一章を割いて紹介されている。
舞台は山梨県甲府の水晶峠だ。

水晶峠では、ふたつの結晶が正確に84°33"で
組み合わさったかたちの双晶を多く産出した。
このような軍配型やハート型の水晶は
日本式双晶Japanese law twinと呼ばれ、
世界各地の博物館におさめられている。

写真は甲府産ではないが、
れっきとした本邦産の日本式双晶である。
産地の長崎県南松浦郡奈留町は五島列島に属する島で、
福江島の北東に位置する。
松浦は蒙古襲来の折に元軍と戦った水軍松浦党の本拠であり、
魏志倭人伝に登場する末蘆(まつら)国の所在地であるとの説もある。

そんな歴史をも語る、水晶の軍配である。
写真1
写真2
硫砒鉄鉱
Arsenopyrite









FeAsS
硫黄と鉄の化合物が黄鉄鉱Pyrite。
これに砒素Arsenicが加わると硫砒鉄鉱Arsenopyriteになる。

結晶形は菱餅型か菱形柱状で、銀白色または銅灰色を示す。
黄銅鉱のように表面が酸化して真鍮色を帯びることもある。
独特の雰囲気があり、結晶の鑑定は比較的容易な方だ。

愛知県振草の鉱山では、
粘土鉱物中に黄鉄鉱や輝安鉱と共産する。
写真でやや黄金色に見える部分は黄鉄鉱。
標本裏側の窪みには輝安鉱の針がこっそり生えており、
これは先に紹介した。
粘土は風化しやすいため、結晶が分離したものもよく見られる。

黄鉄鉱はポピュラーな鉱物だし、
硫砒鉄鉱も普通に産出する。
ところが、ここから硫黄が抜けた
砒鉄鉱Loellingite,FeAs
2になると
ちょっと珍しい鉱物になってしまう。
地中にそれだけ硫黄分が多いのか、
あるいは砒素が単体で化合するのを嫌がるのか。

砒鉄鉱は硫砒鉄鉱に外見が似るが、
硫砒鉄鉱の方が結晶しやすいのと
砒鉄鉱は黄鉄鉱と共産しないことで見分けることができる。
写真1
写真2
スパー石
Spurrite










Ca5(SiO4)2(CO3)

岡山県備中町布賀は、
専門用語で言うところの高温スカルン帯になる。
少々乱暴な言い方をすれば、
日本では珍しい鉱物が多産する場所だと思って頂ければいい。
美しい逸見石Henmiliteや備中石Bicchuliteは
布賀で発見された新鉱物である。
新宿のミネラルフェアで
逸見石を見かけた時はちょっと胸ときめいたが、
値札に二の足を踏んでしまったのは内緒だ。

ここに紹介するスパー石も、
そんな布賀産の稀産鉱物のひとつである。

普通はやや透明感のある灰白色の地味な石だが、
布賀の一部の地域では例外的にラベンダー色の本鉱を産し、
名物のひとつとなっている。
この色のスパー石が発見されたのは1970年で、
比較的最近のことだ。
それ以降に出版ないし改訂された図鑑には、
必ずこの紫色の鉱物が誇らしげに掲載されている。

発色の原因は生成過程にあるらしい。
堀先生はチタンの混入によるという説を紹介している。
布賀では暗灰色のゲーレン石Gehleniteや
ヒレブランド石Hillebranditeを伴って産出する。
いずれも高温スカルン鉱物である。

スパーというとつい温泉を想像してしまうのだが、
アメリカの地質学者スパーSpurrに因む命名なのだった。
写真1
写真2
中宇利石
Nakauriite












Cu8(SO4)4(CO3)(OH)6
*48(H2O)※未確定

墨絵の国、と歌ったのはサディスティック・ミカ・バンドだった。

日本産の鉱物の色彩は抑制の効いたものが多い。
モノトーンか、あるいは色があってもブラウン系。
渋めというか地味な印象がある。
しかし、中にはラベンダー色のスパー石や
ここで紹介する中宇利石のように
パステルカラーに輝く鉱物たちも存在しているのだ。

愛知県東部に位置する中宇利鉱山で、
蛇紋岩中の割れ目から見慣れない空色の鉱物が見つかった。
これが愛知教育大の鈴木重人・杉浦孜・
名古屋大学の伊藤正裕らの研究により、
未知の含水硫酸塩鉱物として
国際鉱物学連合に申請され、その承認を受けたのである。

新鉱物は原産地の名前を取って
中宇利石Nakauriiteと命名された。
1976年のことであった。

鈴木は本鉱の発見により、
新鉱物の研究に顕著な業績のあった人物に贈られる
櫻井賞(第14号メダル)を受賞している。

中宇利鉱山は戦時中に銅を採掘していたとされ、
鮮やかな発色は銅のためと思われる。
鈴木らは本鉱の理想化学式を

Cu8(SO4)4(CO3)(OH)6*48(H2O)とした。
但しこれには異論もあり、
なお検討の余地ありとされている。
(「日本の新鉱物1934-2000」松原聰監修・宮島宏著に基づく)

写真の青い部分が中宇利石。
微細な針状〜繊維状結晶をなし、
ガラス光沢を持つ。

高知県南国市や埼玉県上川町からも産出の報告がある。
非常に美しい本邦産の鉱物のひとつである。
写真1
写真2
毛鉱
Jamesonite









Pb4FeSb6S14
毛状だから毛鉱。

わかりやすい命名だが、
このような産状を示す鉱物は本鉱だけではない。
さらに言えば毛鉱も絶対に毛状を示すとは限らない。
現に写真の標本も、
毛というよりはフェルトかスポンジのような外観である。

また、なお始末の悪いことに
毛鉱とまったく同じような見てくれの鉱物が、
同じ場所で産出したりもする。
box.24で紹介するブーランジェ鉱Boulangeriteはその代表格で、
これらを肉眼で見分けることは不可能だ。

この標本もとりあえずはラベルに従って毛鉱としておくが、
「楽しい鉱物図鑑」には秩父産の毛鉱をX線回析したところ
ほとんどがブーランジェ鉱だった、という事例を紹介している。
従ってこれもブーランジェ鉱の可能性があることは
示唆しておきたい。

そのような細かい分類学的な事情はともかく、
毛鉱やブーランジェ鉱の標本は楽しい。
このスチールウールそのままの物体が天然の産物だと思うと、
改めて結晶の面白さ不思議さに感心させられる。
写真1
写真2
ズニ石
Zunyite






Al13Si5O20(OH,F)18Cl
ズニとは妙な語感だが、産地名である。
コロラド州の鉱山だ。

日本では蝋石中に数ミリ以下の
四周完全な正四面体の結晶が埋まっている状態で産出する。
写真のようにごそっと群れている場合が多い。

これは別に日本だから小粒なわけではなく、
ズニ石はこういう鉱物なのだ。
一見無色や灰色で地味くさいが、
正三角形の結晶面はシャープである。
標本を持ってライトの角度を変えてやると、
ガラスの欠片のようにキラキラと輝いてみえる。

日本では10ヵ所近い産地が知られているが、
世界的にはさほどポピュラーな鉱物でもないらしい。
長崎県佐久町余地は有名産地のひとつ。
葉蝋石と石英を主とする変質帯中に脈状で産する。
写真1
写真2



鉄斧石
Ferroaxinite















Ca2FeAl2BSi4O15(OH)
斧石というグループがある。
結晶が斧のような鋭利な形を示すために名付けられた。
英名のAxiniteも斧Axeに由来する。
つーか和名が直訳なのか。

大分県尾平鉱山は九州を代表する有名鉱物産地である。
元来は錫・銅・鉛・亜鉛を採掘しており、
それぞれの鉱床でさまざまな鉱物を産出した。
図鑑にも硫砒鉄鉱や鉄電気石、砒鉄鉱や珪灰鉄鉱の
見事な標本が掲載されている。

中でもスカルンから産出した鉄斧石は世界的に有名だ。
時に透明感を示すずっしりした結晶の集合体は、
市ノ川の輝安鉱と並んで国内外の博物館に収められた。

鉱物資源には限りがある。
市ノ川同様、古くから知られた尾平の斧石も
すでに絶産となって久しい。

写真は尾平産の長辺5センチほどの結晶の集合である。
濃褐色に鋭利な刃の刻まれたそれは、
一刀彫りにも似て非常に重厚な存在感を漂わせている。
誰かのコレクションが流れてきたものなのだろう。
黄ばんでしまった採集者の手書きのラベルが、
しわくちゃのまま添えられていた。

色褪せたインクは記している。

「Axinite 斧石
大分県蔵内尾平鉱山」

ラベルを畳むとビニールシートに挟んで標本の下にしまった。
いつかこの標本がまた他の誰かの手にわたる時、
採集者の思いが一緒に伝わるように。

尾平の斧石が
鉄分を多く含む鉄斧石Ferroaxiniteであると判明したのは
比較的最近のことである。
「楽しい鉱物図鑑」第1版でも単に斧石と紹介されている。
写真1
写真2