Notes/24
砂漠のバラ(石膏)
Gypsum(Sand rose)









CaSO4*2(H2O)
いわゆる「デザート・ローズ」である。
新谷かおる氏に同名の作品があったと記憶するが、
未読なのでこの鉱物と関係があるのかどうかは判らない。

砂漠のバラは鉱物の平板状に発達した結晶が集まり、
バラの花状になったものである。
石膏の専売特許ではない。
重晶石も同様の産状を示し、
やはり砂漠のバラと呼ばれている。

写真の標本は石膏らしいたたずまいだが、
一般には表面に一面に砂粒が付着している場合が多い。
全体が砂色に染まっており、
そちらの方がより砂漠的ではある。

砂漠のバラは市場ではさほど珍しい物件ではない。
但しサイズが大きくて持て余すことが多く、
手頃なものを探していた。
この標本は2センチ大で仲々可愛らしい。
「お菓子みたいで美味しそう」とは、
友人の女子の感想である。

赤鉄鉱Hematiteもやはりバラ型になることがあり、
こちらは鉄のバラIron Roseと呼ばれている。
写真1
写真2
亜鉛孔雀石(ローザ石)
Rosasite













(Cu,Zn)2(CO3)(OH)2
大概の図鑑では亜鉛孔雀石の名で紹介されている。
これに異を唱えたのが堀秀道先生である。

曰く、
「Zincrosasiteという鉱物がある。
Rosasiteが亜鉛孔雀石なら、
Zinc-は亜鉛亜鉛孔雀石になってしまう」
ごもっとも。

ごもっともだがこれにはちょっとロジックの陥穽がある。
そもそも亜鉛孔雀石という名称自体、
Rosasiteなる英名とまったく関係なく命名しているわけで、
だったら接頭辞にZinc-がついたからといって、
そこだけ正直に「亜鉛の」と訳する必要もないはずだ。
どうせ研究者は英名を使うわけだから、
Zincrosasiteにまったく別な名前をつけても実は大して問題はない。

ただし問題は他にもあり、
本鉱はRosasiteグループを代表する鉱物なのだ。
それが亜鉛孔雀石では、
まるで孔雀石の一種みたいに聞こえてしまう。
代表者が借り物くさい名前では、
どっかの子会社みたいでいささかしまりがない。

確かに堀先生の提唱する通り、
最初から「ローザ石」としておけば
こんなややこしい問題は起きないだろう。
Rosaは原産地であるイタリアの地名である。
個人的には人名や地名の鉱物名って、
さっぱり実体が掴めないのであまり好きじゃないのだけど。

ところでこの標本は堀先生のお店で入手した一品である。
ラベルにしっかり「亜鉛孔雀石」と記されていたことは内緒だ。

色調は独特のエメラルドグリーンを示す。
この標本はビロードのような柔らかい風合いが面白い。
写真1
写真2
ブーランジェ鉱
Boulangerite












Pb5Sb4S11
box.23で触れた毛鉱の双子の兄弟である。
こちらは英名そのままなので、
毛状でなくても特に問題はない。
ブーランジェは鉱山技師の名前だ。

ここ数年、毛鉱およびブーランジェ鉱の良品を探していた。
特に稀産というわけでもないのだが、
どうも最近は金属鉱物よりも
透明感のある宝飾系のそれの方が人気が高いらしい。
ショップにもキラキラ光る鉱物がたくさん並んでいる。

先日、大塚にあった鉱物化石ショップの
凡地学研究社が70年の歴史に幕を下ろした。
閉店の際に顔を出したら、
おじさんが学生風の女の子たちに
「よその店にはもっと綺麗な石がたくさんあるから」と
寂しげに語っていた。

これらの鉱物は秩父で採れると判っているので
自分で出向く手もある。
しかしなかなか時間が取れない上に、
ひとりでこっそり採りにゆくのは妙に後暗い感じで
どうも気がひける。
結局、気長に市場を見て回っていた。
昨年末に運良く両方を入手できたのは幸いである。

写真の標本はルーマニア産。
洗い物用のスチールウールに「ボンスター」という商品があるが、
外観はまさしくボンスターそのものである。
思わずフライパンを磨いてしまいそうだ。
でもテフロン加工のヤツは傷がつくからダメである。
くれぐれも気をつけたい。
写真1
写真2
写真3
ヒッデナイト
(リチア輝石)
Hiddenite
(Spodumene)









LiAlSi2O6
造岩鉱物の雄、輝石グループの仲間で
リチウムを多く含むものがリチア輝石Spodumeneである。
図鑑によってはリシア輝石と表記される。
元素名はリシウムではなくリチウムなので、
ここではリチア輝石としておく。

リチア輝石のうち、特にピンク色を帯びたものをクンツァイトKunzite、
グリーンのものをヒッデナイトHiddeniteと呼ぶことは、
box6で述べた。
クンツァイトは結構立派なものが出回っているが、
ヒッデナイトはあまり流通していない。
あってもだいたい小さくて色が薄く、あまり迫力はない。
写真の標本もそれぞれ1センチ弱の欠片である。
しかし宝石だと思えばこの程度のサイズでも十分だ。

実際、クンツァイトもヒッデナイトも本当は宝石名である。
分類学的には両者ともあくまでリチア輝石なのだ。
にもかかわらずヒッデナイトのラベルがついているのは、
単にリチア輝石とするよりはありがたみがあるからだろう。

リチア輝石自体は稀産鉱物ではない。
国内でも茨城県妙見山の
名高いリチウムペグマタイトで産出する。
しかし残念なことに色彩は地味なものが殆どだ。

この標本は何でも出てくるブラジルのミナス・ジェライス産。
ほとんど標本鉱物のデパートと化しており、
新宿のミネラルフェアにも
この産地の鉱物のみを扱ったショップが出ていた。
ちょっと羨ましい。
写真1
カルノー石
Carnotite














K2(UO2)2(VO4)2*3(H2O)

「きなこが固まったようなさりげない石」とは
堀先生の紹介文である。
実に的確な表現で、
この標本も相当に和菓子ライクな外観だ。

が、このきなこは只者ではない。
理想化学式を見ていただこう。
K2(UO2)2(VO4)2*3(H2O)
Uはウラン、Vはバナジウムである。
きなこの正体は、水を含む
ウラン酸基・バナジン酸基のカリウムの鉱物なのだ。
アメリカではウラン鉱の資源として採掘されていた事実がある。
実に人類の原子力事業の一端を担うきなこなのだった。

さりげない見てくれの裏に潜む、
あなどれない力が魅力的な鉱物である。

比較的産出の珍しい鉱物だが、日本でも採れる。
鳥取県から岡山県にかけての地域には
堆積型のウラン鉱床が分布しており、
閃ウラン鉱やベータ・ウラノフェンをはじめとする
各種のウラン鉱物が産出する。
中でも県境の人形峠のウラン鉱山は有名。

余談だが、人形峠というちょっとキュートな名前は
この地方にまつわる怪談に由来している。

昔、峠に大きな蜂がいて旅人を襲っていた。
ふと通りかかった僧侶が話を聞き、
「木の人形を峠に置くように」と村人に告げた。
村人が人形を置くと、蜂は人間だと思って襲ったが、
何度刺しても針が立たない。
数日後に人々が見に行くと、
人形の傍らに衰弱死した巨大な蜂の死骸があった。
村人はこの人形を峠に埋め、守り神として祭ったという。

由来には別の説もある。
峠の深い霧の中で旅の母子が道に迷った。
母は娘の名を呼んで探したが、
霧が晴れて見つけたのは娘によく似た人形だった。

いずれにせよ、この地が旅人にとって難所であったことを物語る
暗い伝承である。

カルノー石は鳥取の東伯郡東郷鉱山から産出の報告がある。
写真1
写真2
灰礬ざくろ石
Grossular



Ca3Al2Si3O12
box.2で紹介した灰礬ざくろ石の緑色バージョンである。

グロッシュラーの名は西洋すぐりGrossulariaに由来する。
シベリア産の本鉱の淡緑色が、
すぐりの実に似ていたことによる命名だという。
してみればこのグリーンの石の方が、
よりグロッシュラーらしいといえるかもしれない。
共産する透明な柱状結晶は、次に紹介する透輝石Diopside。

本鉱の褐色透明のものは
ヘッソナイトHessoniteと呼ばれることは、
すでに述べた通りである。
写真1
写真2
透輝石
Diopside


CaMgSi2O6
上と同じ標本だが、
透輝石の結晶集合がなかなか美しいので
別項にしてみた。

透輝石自体についてはbox.10に詳しい。
その際は濃緑色のものを紹介したが、
今回はうっすらと淡緑黄色を帯びた透明な結晶である。

見た目が何色であれ条痕は白または灰色を示す。
写真1
写真2
菱マンガン鉱
Rhodochrosite












Mn(CO3)
ペルー産のロードクロサイト、
言ってみれば正しい「インカローズ」である。

もっとも、実際にインカローズと呼ばれる飾り石は
透明な結晶ではない。
輪状や褶曲状の細かい縞模様の入った、
ピンク色の不透明な石である。

方解石グループの一員である菱マンガン鉱は、
鍾乳石や石筍のような産状を示すことがある。
この手のものを輪切りにすると、
やはり鍾乳石同様年輪が刻まれている。
これをよく研磨するとインカローズが出来あがる寸法だ。

派手な濃紅色を帯びた蛇の目模様は、
ものによっては一種毒々しい雰囲気すら醸し出す。
それでもアメリカあたりでは非常に人気が高く、
ミネラルフェアにも
この鉱物のみを扱っているショップが出展していた。
日本人客の人気はいまひとつのようだったが、
何となくわからんでもない。

あまり関係ないが、くだんのショップを見ている時
「菱マンガン鉱」という和名をど忘れしてしばらく首を捻っていた。
実際、外国のショップや広告での
「Rhodochrosite」の文字の方が目に親しい。
それだけ海外での人気の方が高いということか。

写真は黒色のマンガン鉱から顔を出す
5ミリ程の透明結晶である。
マンガンの鉱物は黒っぽいものが多いので、
菱マンガン鉱やバラ輝石は美しいアクセントになる。
写真1
写真2
ボレオ石
Boleite






Ag10Cu24Pb26Cl62(OH)48
*3(H2O)
ハロゲン化鉱物と呼ばれる一群がある。
フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などの
ハロゲン元素を主体とする化合物だ。

その種類自体あまり多くないが、
日本で見られるものはさらに少ない。
水に弱かったりするものが多いので、
湿度の高いわが国とはあまり相性がよろしくないものと見える。
代表格は蛍石と岩塩で、
それ以外のものになると途端に産地も産出量も少なくなってしまう。

ボレオ石も、そんなハロゲン化鉱物の一つである。
正体は水を含む鉛・銀・銅の塩化鉱物だ。
鉛鉱床や銀鉱床の二次鉱物として、
その独特の群青色を帯びた立方体を光らせている。
派手で目立ちそうなのだが、
結晶のサイズがせいぜい数ミリどまりなので
大して自己主張は強くない。

図鑑によってはボール石と紹介されている場合もある。
写真1
正長石
Orthoclase








KAlSi3O8
長石グループの代表取締役。
といって別に正しい長石という意味ではない。
2方向のへき開面の角度が正しく直角なのである。
これが微妙に斜めなものが既に紹介済みの
微斜長石Microclineで、
さらに斜めなものを斜長石Plagioclaseという。

写真の結晶の形に見覚えのある方もおられよう。
そう、box.7で紹介した微斜長石の標本と同じ、
カルルスバッド式双晶なのである。
出来れば正長石では日本産のバベノ式双晶を紹介したかったのだが、
でっかくて持て余すサイズのものにしか出会わない。
この標本は2センチ弱と手頃だったので、
結局カルルスバッド君の再登場になってしまった。

乳白色や白色不透明の印象が強いが、
無色や帯黄色透明の美しい結晶もある。
そういったものは英名のオーソクレースの名で宝石として流通する。
スイスのアデュラー・バーグストックに産する無色透明な本鉱は
特にアデュラリア(氷長石)と呼ばれ、青白い光を放つ美しい石である。

既に紹介したムーンストーン・月長石は
このアデュラリアの仲間であり、
れっきとした正長石なのであった。
写真1
ベスブ石
Vesuvianite









Ca10Mg2Al4(SiO4)5(Si2O7)2
(OH)
宮崎県西臼杵郡日之影町、見立。
元禄時代に発見されたとされるこの鉱山は、
昭和50年の廃山に至るまで300年以上にわたって稼行し、
さまざまな鉱物を産出した。

地質学的には、box23で紹介した鉄斧石の産地・
大分県尾平と連なる尾平鉱床群に属する。
この鉱床群は錫・タングステン・モリブデン・鉄・銅をはじめとした
非常に豊富な種類の金属を埋蔵しており、
見立では主に錫の鉱石を産出した。

現在この地には、
大正時代に鉱山技師として来日したイギリス人、
ハンター氏の住居であった日之影町英国館なる施設がある。
全盛期の鉱山の写真や鉱石を展示しているらしい。
実家の県内でもあり、一度訪れてみたいのだが
結構シャレにならない山奥なのであった。

見立鉱山はまた各種の二次鉱物の産地としても知られる。
ここに紹介したベスブ石もそのひとつだ。
同じ鉱床群の産だからだろうか、
尾平の斧石に似てずっしりと重厚感のある標本である。

ベスブ石もまた色々な顔を持つ鉱物だ。
透明なものは宝石に加工されることもあり、
アイドクレースIdeclaseの名前で流通している。
写真1
写真2