Notes/25
スクテルド鉱
Skutterudite











CoAs2-3
化学式のCoはコバルトである。
光輝まばゆい銀白色の結晶は砒化コバルトの鉱物なのだ。
言われてみれば、
box4で紹介した輝コバルト鉱に
どことなくたたずまいが似ていなくもない。
あちらは硫砒コバルトの鉱物である。
硫黄と砒素は親類縁者なので、
本鉱と輝コバルト鉱もまんざら赤の他人とはいえまい。

一方のコバルトはニッケルと仲がよろしい。
両者には互換性があり、その間は例によって連続している。
ニッケルの比率がコバルトを上回ったものを
ニッケル・スクテルド鉱Nickelskutterudite (Ni,Co)As
2-3 と呼ぶ。
何だか紛らわしい。

しかしそこは天の配剤というか、
コバルトとニッケルの二次鉱物がその色味が異なるため、
ある程度なら肉眼で見分けることが可能だ。

すなわちコバルトを含む鉱床にはコバルト華が出来、
ニッケルの場合にはニッケル華が目印よろしく咲いている。
前者は赤紫、後者は黄緑色と独特の色彩を示し、
その懐に抱く元素の識別信号となってくれるのだった。

カロール鉱の項でも述べたように、
銀白色で反射の強い鉱物の撮影は難しい。
ぜひ実物を見て頂きたい、美しい金属鉱物である。

標本の産地、モロッコのBou Azzer鉱山は有名産地。
フランス人の手で記されたラベルは今いち読みづらかった。
写真1
写真2
ビリオム石
Villiaumite













NaF
バーミリオンの直方体の結晶である。
清澄な透明感は宝石鉱物と見まがうぐらいだ。
ところがどっこい。
この見事な光り物は水に溶けてしまう。
宝石になるどころの騒ぎではない。

フッ素や塩素、ヨウ素などの元素をハロゲン元素と呼び、
これらを主成分とする一族をハロゲン化鉱物と総称することは
box24のボレオ石の項でも書いた通りである。
代表選手はフッ化カルシウムのほたる石や
塩化ナトリウムの岩塩だ。

ここに示すビリオム石もその眷属で、
化学組成はフッ化ナトリウムである。
従って岩塩同様に水に溶けてしまう。
「楽しい鉱物図鑑2」によれば、
写真の標本の産地であるロシアのコラ半島では、
ビリオム石が溶けたあとの穴がぼこぼこ空いた石が見られるそうな。

地下深くで岩体の隙間に本鉱が生成したものが、
地殻変動などで地表にひょっこり顔を出す。
地表付近は地下水だの天水(雨)だの湿気が多いため、
ビリオム石の部分だけが溶けてなくなり
穴になってしまうのである。

写真はバーミリオンだが、
もうちょっと赤紫っぽい色を帯びた標本を多く見かける。
何やらどぎついというか毒々しい印象すらある。

この色合いは自色ではなく、
条痕色はもっと白に近い薄い色になる。

水に溶けると聞くと、何やら飴のようで
美味しそうな鉱物ではある。
写真1
写真2
ブロシャン銅鉱
Brochantite








Cu4SO4(OH)6
結晶標本は美しい。
私は中でも毛状や針状の結晶に心惹かれる。
スリムで無駄のない感じが好きなのかもしれない。

もっとも結晶の産状は鉱物によって癖がある(晶癖)ので、
アクアマリンや金に天然の針状結晶を求めても無理な相談だ。
自分から毛や針になりたがってくれる相手を探すしかない。

ブロシャン銅鉱はこの傾向が強い鉱物のひとつである。
ほれぼれするような繊細なエメラルドグリーンの針の束だ。

産出は決して珍しくはない。
今までも何度か名前を挙げているように、
孔雀石をはじめとする銅の二次鉱物の代表格である。
ついでに言えば色や形もこの仲間にはありがちで、
鑑定は容易とはいえない。
box21の孔雀石の項を参照のこと。

本鉱は希塩酸に発泡せずに溶け、
石膏を伴って産出することがある点などで区別する。

世界中の銅鉱床の酸化帯に広くみられ、
日本でも各地で産出する。
写真1
写真2
写真3
ハックマン石
Hackmanite









Na8Al6Si6O24Cl
方ソーダ石の亜種である本鉱は、
ちょっと変わった性質で知られている。
地中にある時はライラック色をしているが、
掘り出して日光に当てると色が消えてしまうというのである。

ところで写真の標本はアメジストのような淡い紫色を帯びている。
むろん掘り出したばかりのものではない。
色が消えていないのはどうした訳か。

調べてみると、ハックマン石のこの性質は
ものによって結構差があるらしい。
もともと色が濃いものはあまり褪色しないようだ。
殊に写真の産地であるアフガニスタン産のものは
ちょっとやそっとでは色を失わない豪の者であるとか。

すると見た目的には綺麗ではあるものの、
ハックマン石の標本としてはあまり面白くないようにも思える。
一瞬がっかりしかけたが、
この産地のものでも紫外線を照射するとオレンジ色やピンク色を発し、
なおかつ色が濃くなるとの記述があった。

褪色性の強いものも、紫外線照射か
遮光して保存することで色が戻るという。

鉱物の色彩の不思議さを考えさせられる標本である。
写真1
ファイア・アゲート
Fire Agate










SiO2

ラベルには「アゲート・オパール」と記されている。
ずいぶんうろんな名前の物体である。

アゲートはめのうであり、オパールはオパールだ。
どちらもSiO
2の鉱物ではある。
しかしめのうはbox2でも述べた通り
非常に結晶粒の小さい石英(カルセドニー)の一種で、
オパールは結晶を作らない非晶質の鉱物。
つまり全然別物なのである。

アゲート・オパールとは言わば
「いぬ・ねこ」のような命名であり、
犬やら猫やらなんだかわけがわからない。

答えを言ってしまえば、この標本の正体はめのうである。
めのうとオパールでは
後者の方がはるかに市場価格が高いので、
買い手を惑わすべく
このような紛らわしい名前がついているとみえる。

このような例はハーキマー・ダイヤモンドや
シトリン・トパーズをはじめ少なくない。
ブナシメジをホンシメジの商品名で売っているようなもので、
方便ではあるが一種の詐欺でもある。

ここでは「宝石の写真図鑑」に従い、
ファイア・アゲートしておく。

そのような売られ方とは関係なく、
ファイア・アゲートは安価で美しい。
透明な水晶の底に封じ込められた虹色のイリデッセンスは、
酸化鉄のインクルージョンに起因するとされる。
写真1
写真2
ニッケル華
Annabergite








Ni3(AsO4)2*8(H2O)

前出のニッケル華がこちらである。
ニッケルのある場所にはどこにでも現れるため
鉱物としては決して珍しくはないが、
標本市場で見かける機会はコバルト華よりずっと少ない。
要は良標本が少ないのである。

産状の多くは皮膜状や粉状で、
コレクション的にあまり面白みがない。
コバルト華も本来はそうしたものなのだが、
まとまった結晶標本の出る産地が知られているため、
流通量も多いのだろう。

ここに紹介するちょっと珍しい結晶標本も、
サイズはほぼ顕微鏡ものだ。
写真は10倍以上の拡大をかけている。
よく見るとコバルト華によく似たひし形の板状の結晶がわかる。

写真には写っていないが、
周りには若草色のとがった結晶が群生しており、
これは方解石の結晶がニッケル華の粉をふいているのである。

先に述べたようにコバルトとニッケルは互換性があったりする。
従ってニッケル華にもコバルト華との中間的なものが存在している。
何色になるか不思議なところだが、
ピンク色を帯びているらしい。

英名のアンナベルガイトは産地名にちなんだもの。
写真1
写真2
毒重石
Witherite













Ba(CO3)

わくわくする名前である。

人はなぜか有毒のものに惹かれる。
小さい頃に毒を調合しようとして草を生やしてしまった話は、
以前コラムに書いた。
かの学研の学習まんがにも「有毒動物のひみつ」なる一冊があり、
根強い人気を保っている。

毒重石の正体は化学式にある通り炭酸バリウムだ。
「なーんだレントゲンの時に飲むやつか」などと思ってはいけない。
あれは硫酸バリウムで、鉱物としては重晶石になる。
box18参照のこと。

硫と炭が違うだけだが炭酸バリウムは毒物だ。
「楽しい鉱物図鑑2」によれば、実際に胃のレントゲン撮影で
誤って炭酸バリウムを飲んで死亡した例があるという。
これはバリウム自体の毒性によるもので、
嘔吐や下痢・腹痛のみならず、
高血圧や呼吸困難、チアノーゼから心停止に至る症状を引き起こす。

そんな恐ろしいものを飲んで大丈夫なのかと思うが、
硫酸バリウムは可溶性ではないので平気らしい。
対する炭酸バリウムや塩化バリウムは水溶性があるので、
体内に分解吸収されてしまうのだった。
ガクガクブルブル。

しかし掘先生によると毒重石自体は水溶性ではなく、
その毒性も弱いとのこと。
触った指をうっかり舐めたりしても命に関わることはないようだ。

そういう意味では砒素の化合物の方が恐ろしい。
殊に自然砒の標本は
表面に酸化物である砒華Arsenoliteを生じている場合がある。
これは水に溶けるので、舐めるとちょいとまずいことになる。
くれぐれも取扱いには注意したい。

写真の標本はミネラルフェアで
どっか忘れたが外国のお店で購入したものである。
結晶を指差して「ウィザライト?」と確認した時は、
何か大変やばいブツを買おうとしているようで
ちょっとドキドキした。
写真1
写真2
蛭石
Vermiculite













英名のバーミキュライトの方が有名かもしれない。
ガーデニングや爬虫類のブリーディングに
広く用いられている物質である。

その正体は雲母のようなそうでないようなもので、
六角柱状の結晶はぱっと見黒雲母のようだ。
実際、黒雲母と同様
薄べったい層が積み重なった構造をしている。
黒雲母と違う点は、この層を水分が繋いでいる点である。

水は熱すれば水蒸気になる。

蛭石をひとつピンセットでつまみあげ、
ライターの炎であぶってみよう。
各層を繋いでいた水分は当然気化する。
水蒸気が水より体積が大きいのは学校で習った通りだ。
蛭石は見る見る膨張し、びよよんと10倍以上の長さに伸びてしまう。
写真2をご覧頂きたい。

この伸びるさまは実に花火のヘビ玉そっくりで、
なにやら不気味な生き物然としている。
蛭石の名はここからつけられた。
英名も同様の意味のラテン語である。
つーか蛭石の方が直訳なような気もするのだが。

生成には黒雲母が変化したものや、
他の岩石が風化して雲母風の性質を帯びたものなど
様々なパターンがあり、化学組成も一定しない。
このため独立した鉱物種としては扱われていない。

土壌用や建材用に市販されているバーミキュライトは、
加熱処理後のものである。
間に空気を含むため軽くて断熱性が高く、
養分などの吸着性も良好なスグレモノなのであった。
写真1
写真2
含銅アロフェン
Cuprian Allophane











(Al2O3)(SiO2)*(H2O)
アロフェンはアルミニウム・珪素の酸化物で
結晶水を含む非晶質の鉱物である。
オパール同様、結晶鉱物のなりそこないの状態だ。

一般には火山灰土壌の構成物として知られ、
環境を浄化する性質があるとして
バーミキュライト同様色んなところで利用されている。
磐梯の有名な五色沼の発色の原因は、
水中に含まれるアロフェンの微粒子による
光の乱反射であるとする説もあるようだ。

京都の笠取鉱山では鉱床の割れ目に生成した。
成美堂「日本の鉱物」には光沢を放つ
ぶどう状の集合体の標本が紹介されている。
その外観から「山真珠」などと呼ばれたりしたらしい。

非晶質の鉱物の常として、その成分は安定していない。
銅イオンを取り込んだものが含銅アロフェンである。

ご承知のように銅イオンは青〜緑系の発色を促す。
標本は一見白ちゃけた粘土のかたまりだが、
その一部に透きとおったコバルトブルーが見えている。
ルーペで覗くと写真2のような景色が映り、
たいへんに美しい。

もっとも不安定な鉱物だけに産状もさまざまで、
他の鉱物を皮膜状に覆っていたりすることも多い。

根が粘土みたいなものなので非常にもろくて崩れやすい。
十分に注意して取扱いたいものである。
写真1
写真2
エジリン(錐輝石)
Aegirine








NaFeSi2O6
以前紹介したセラン石の表面に貼りついていた海苔である。

ナトリウムと鉄を主成分とする輝石であり、
各種の鉱物と共産しては相手を引き立てる名脇役だ。
輝石グループらしく錐輝石という和名があるが、
英名のエジリンの方が通りがいい。
これは最初にノルウェーの海岸で発見されたので、
スカンジナビアの海の神
Aegir(エギル)に因んで付けられた名前である。

なお、既に紹介済みの海王石Neptuniteは、
発見の際エジリンと共産していたために
こちらはローマ神話の海の神である
Neptune(ネプチューン)の名を頂いたものだ。

そんなバイプレイヤーも、
アフリカのマラウィ湖畔では立派な主役を勤める。
写真の標本は左右3センチ足らずだが、
めきめきと突き出した光輝豊かな黒色柱状の結晶は
貫禄十分だ。

本邦でも北海道や山陰地方をはじめ
各地で産出の報告がある。
写真1
写真2