Notes/26
鉛丹
Minium













Pb3O4
高校の時の友達にエンタンというのがいた。
本名は遠藤なので、おそらく遠タンだったのだろう。

鉛丹は別に鉛の愛称ではない。
鉛は酸化鉛の鉱物であることを差し、
丹は朱色の顔料を差す言葉だ。

本来は丹といえば辰砂だが、
もっと明るい朱色が欲しい際に本鉱を用いたのである。
鉛から出来た朱色の顔料なので鉛丹。
わかりやすい命名といえよう。
その色の明るさゆえに光明丹の別名を持つ。

ちなみに丹の文字はその後顔料を離れ、
鉱物などを用いて精製した薬剤を意味するものとして
広く使われるようになった。
薬の名前に「○○丹」と付けられたりするのは、
このためである。

本鉱は鉛鉱石の二次鉱物として生成され、
その産出は多くない。
市場でもあまり見かけない鉱物のひとつである。
ミネラルフェアで高価な標本に出くわしてビビっていたら、
他の店で安い小さい欠片を見つけたので
そっちを購入した経緯はレポートに書いた。
くだんのささやかな標本が、こちらである。
独特の赤橙色がお分かり頂けよう。

そんな次第で鉱物標本としては比較的珍しい鉛丹だが、
実は意外と身近な物質だったりもする。
鉛丹によって作られた顔料には、
サビ止めの効果があるのだ。
このため工場で合成され、広く用いられている。

建築物の鉄部分に塗られているサビ止めが赤橙色だったら、
それは鉛丹なのである。
写真1
写真2
白鉛鉱
Marcasite










FeS2
黄鉄鉱と同じ硫化鉄の鉱物である。
組成式もまったく同じ、いわゆる同質異像だ。

黄鉄鉱と違うのは、まずその色である。
白鉄鉱の名の示す通り、
白色とは言わないまでも淡い。
色味としては硫砒鉄鉱なんかに近い。

そして結晶のかたち。
黄鉄鉱が等軸晶系の見本ともいうべき
立方体や5角12面体を示すのに対し、
白鉄鉱は斜方晶系に属する。
ショップに並ぶのは、
写真にあるようなごちゃっと集まった槍のような産状が多い。
一見化石骨格のような趣きがある。
実際、化石を置換しているケースもあるようだ。
独特の質感と相まって高い人気を獲得している。

但し白鉄鉱は黄鉄鉱に比べて安定度がやや低い。
このような鉱物は空気中の水分などと反応して
次第に分解してしまう。
日本のような高温多湿の土地柄では、
この傾向はさらに強くなる。

硫化鉱物なので分解の際には硫酸を生じる。
ラベルや箱を汚損する可能性があるので気をつけたい。

マーカサイトの名で貴金属として流通していることもある。
当然合成品なのだろうが、
分解したりしないのかちょっと心配だ。
写真1
写真2
アタカマ石
Atacamaite











Cu2Cl(OH)3
フッ素、塩素、臭素、ヨウ素といった元素を主成分とする
ハロゲン化鉱物の一族は決して大所帯ではない。
岩塩とほたる石は有名だが、
その他はあまり一般に知られていない。

へそ曲がりの私は、そんなハロゲン化鉱物を
隙あらば紹介してやろうと狙っているのだった。

目を向けてみればなかなか魅力的な顔ぶれだ。
既に紹介済みのビリオム石やボレオ石も、
赤や青のヴィヴィッドな色彩を示す鉱物である。
今回はひとつ濃緑色の仲間に登場してもらおう。
チリのアタカマ砂漠で採れるアタカマ石である。

勘の良い方はお気づきだろう。
この緑色は銅の発色だ。
今までも紹介してきた孔雀石やブロシャン銅鉱などと同じく、
本鉱も銅の二次鉱物なのである。
拡大するとなかなか美しい透明な結晶が見える。
標本はこういった針状結晶が集合しているものが多く、
銀星石のような感じで母岩の上に花開いている。

購入したチリのお店では英語のチラシをつけてくれた。
それによれば本鉱はParatacamite(パラアタカマ石)、
Botallackite(ボタラック石)と同質異像の関係にあるらしい。
unusual で attractive な鉱物だと盛んに宣伝している。

アタカマ石は火山ガスから生成するケースがあり、
「楽しい鉱物図鑑」によれば、三宅島の噴火の際に
溶岩の表面に出来たものが確認されているという。
写真1
写真2


ソーダ沸石
Natrolite






Na2Al2Si3O10*2(H2O)
小さな晶洞の中から、
白い綿毛の塊のようなものが覗いている。
ぱっと見ケサランパサランのようだが、
触ってみると毛は硬くてもろい。
box.12で紹介したソーダ沸石の、
ちょっと面白い結晶標本なのである。

といっても産状としては珍しいものではない。
それどころかこのような形で産する沸石類は他にもたくさんあり、
これらを区別するには偏光装置が必要となる。

この標本はおなじみのインドの沸石屋で購入したものだ。
怪しい人品の店主の「Natrolite」の言葉を信じて
ソーダ沸石としておくが、実のところ確証はない。

しかし確証はなくとも見た目は楽しい。
鉱物の面白さを十二分に伝えてくれる素敵な標本である。
写真1
写真2
ハウスマン鉱
Hausmannite







Mn3O4

酸化マンガンの鉱物であり、
重要なマンガン鉱石のひとつである。

鉱物標本の世界ではマンガンは微妙な元素だ。
うまく行けば菱マンガン鉱やバラ輝石のように
美しい紅色を装ってくれる。
が、多くの場合は軟マンガン鉱に代表されるように
なんだか地味な黒ずんだ鉱物だったりする。
乾電池を分解すると出てくる黒い粉は二酸化マンガンだ。
チェッチェッコリ。

幸か不幸か日本にはマンガン鉱床が多い。
ハウスマン鉱もおなじみの鉱物である。
だいたいはやはり黒っぽい塊状が多く、
黒マンガン鉱の別名を頂戴しているくらいである。

しかし本鉱は時にシャープな結晶を示す。
写真の南アフリカ産のものは有名で、
市場にも時折出回っている。
結晶面に走る条線も美しく、
鋭い金属光沢を放って堂々たる風格がある。

お気に入りの一品である。
写真1
写真2
燐銅ウラン鉱
Torbernite









Cu(UO2)2(PO4)2*10(H2O)
放射性元素ウランの二次鉱物については、
燐重土ウラン鉱の項で簡単に述べた。

ここに紹介する燐銅ウラン鉱も、
それらUran Mica(ウラン雲母)と呼ばれる一族の
ひとりである。
雲母とはよく言ったもので、
グリーンのぺらぺらした薄い板状結晶だ。

燐重土ウラン鉱やカルノー石に代表されるように、
ウランはしばしば黄色を示す。
これに対して銅は青〜緑色の発色をすることが多い。
標本の燐銅ウラン鉱はこの両者の中間ともいうべき、
やや明るいグリーンに光っている。
ニッケル華にやや似てなくもないが、
緑の色調が違う。
本鉱は心なしか蛍光グリーンを帯び、
なにか危険なものを含む警戒色のような面持ちがある。
その成分を知った上での偏見かもしれないが。

しかし、放射能をもつ鉱物でありながら
なぜか紫外線に対しての蛍光性がないのは、
既に述べた通り。

なかなか謎の多い、ウランの花なのだった。
写真1
写真2
銅スクロドフスカ石
Cuprosklodowskite












(H3O)2Cu(UO2)2(SiO2)2
*2(H2O)

上に紹介した燐銅ウラン鉱の標本には、
同じような色調の透明な針状の鉱物が共産していた。
やはり銅とウランの作り上げた美しい石の花、
銅スクロドフスカ石の結晶である。

スクロドフスカはSklodowskaと綴り、人名である。
ラジウムの発見で名高いキュリー夫人の旧姓なのだ。

本鉱の銅をマグネシウムに置き換えたものが、
本家のスクロドフスカ石である。
むろん発見されたのはこちらの方が先だ。

後に発見された本鉱は、
マグネシウムの代わりに銅を含むスクロドフスカ石ってことで、
Cupro(銅の)の接頭語が付いて
銅スクロドフスカ石と命名されたのである。
この手の修飾語はいまいち一定しておらず、
以前紹介した含銅アロフェンなどは
Cuprian Allophane と表記されている。

てな訳でもともと銅スクロドフスカ石は分家だったのだが、
その後銅の産出で有名なコンゴで多産するようになった。
標本市場では本家よりメジャーになってしまった次第である。

本鉱にその名を贈られたマリー・キュリー、
旧姓スクロドフスカ女史は、
ヨアヒムスタール産の閃ウラン鉱からラジウムを発見した。
含有率は非常に低く、抽出は困難を極めた。
そして長年に亘るラジウムと放射線の研究の中、
彼女の身体は次第に蝕まれていったたのである。
1934年、マリー・キュリーは67歳でその生涯を終えた。
死因は白血病であった。
ラジウムの偉大な発見者は、
人類史上最初の
被曝による犠牲者になってしまったのだった。

これら美しい石の花々は、
ひとつ間違えば人類を滅ぼしかねない
強大な力の指標なのである。
写真1
写真2
写真3
スペサルチン
(満礬ざくろ石)
Spessartine












Mn3Al2(SiO4)3
名高い和田峠のスペサルチンである。
山ノ尾のアルマンディンと並ぶ本邦産の代表的なざくろ石だ。
これらの産地が有名なのは、
やはりモノが素晴らしいからである。

病膏肓に入ったマニアならともかく、
どうせ石拾いにゆくなら綺麗な方がよかんべ、と思うのは
ごく自然な欲求である。
装飾品的価値を抜きにしても、
形がよく綺麗な結晶なら誰でも欲しい。
話を聞いた人々はこぞって採掘に出かけた。

しかし中にはお行儀の悪い人もいて、
結局、両産地ともに悲しいかな立入禁止になってしまった。
もっとも考えようによっては、
絶産になる前に保護されたとも言えるわけで。
いきなりビルがおっ立つ仕儀にならない限りは、
喜ばしいことなのかもしれない。

和田峠のスペサルチンは石英安山岩中に産した。
母岩の風化によってたいがい写真のような分離結晶となっている。
鉄分が多いためか透明感はなく真っ黒だが、
結晶面はシャープであり強い光沢を放つ。
私なんぞにはどんな人工の複雑なカット石よりも
美しく思えてしまう輝きである。

同地は古くからの有名産地であり、
たくさんの人がたくさん掘って行った。
手放す人もいたりして、
いまだに市場には意外と安価で出回っている。

図鑑によってはスペサルタイトと記されていることもある。
写真1




山入水晶
Phantom Crystal






SiO2
数ある水晶のバリエーションの中でも、
山入水晶はもっとも興味深いもののひとつである。

以前二重のものを紹介したが、
今回のはなかなか凄い。
3センチ大の結晶の中に、
10ばかしの山が入れ子になっている。
ここまでくると山入というよりはすでに年輪に近い。
最初の小さい山が出来て、
それを覆うように成長していった節目節目。
悠久の時の流れが
ひとつの結晶のなかに封じ込められているのである。

このような水晶は、
中をよく見せるために研磨されていることが多い。
写真の標本も結晶面はよく磨かれている。

前も触れたように透明結晶のライティングはなかなか難しい。
今回は結構うまくいったような気がして、
ちょいと自己満足の写真だったりする。えへん。
写真1
写真2
バリッシャー石
Variscite





AlPO4*2(H2O)
box21で紹介したバリッシャー石の結晶標本である。
つっても、このボタンみたいなものがひとつの結晶って訳ではない。
拡大してもしかとは判らないが、微小な結晶の集合だ。
ラベルには堂々と「結晶」とあるが、
塊状や皮膜状ではないという程度ではある。

もっとも、微小とはいえバリッシャー石の
肉眼で見える結晶は稀であり、
だいたいが標本的価値よりも
見た目の変てこさに惹かれて入手した品である。
カバンシ石などもそうだが、
ボール状の結晶群がこそっと母岩についてる標本に弱いのだ。

みずみずしい薄緑色はまごうかたなき本鉱の特色だ。
アップで見るとどこか涼しげなおもむきが感じられる。

そんなバリッシャー石の標本である。
写真1
写真2