Notes/5
赤鉄鉱
Hematite









Fe2O3
鉄の酸化鉱物である赤鉄鉱の銀白色の光輝は、
黄鉄鉱の金色のそれと好一対だ。
だのになぜ白鉄鉱や銀鉄鉱ではなく赤鉄鉱なのか。
それは、この鉱物の「本当の色」が赤いからである。

標本は火山ガスから直接結晶化したタイプで、
鏡鉄鉱 Specularite の別名の通り
古くは鏡として使われたほど反射が強い。

この他にも外観的には黒っぽいタイプや赤褐色のタイプがあるが、
これらの標本を白い陶製の板(条痕板)にこすりつけると
いずれも赤褐色の線が描ける。
このような色を条痕色と呼び、
鉱物分類の重要なファクターのひとつである。

つまり、赤鉄鉱本来の色は赤褐色なのだ。
その証拠に、細かくしてゆくとすべて赤褐色の粉末になる。
このような粉末は紅がらと呼ばれ、
辰砂と並んで日本では古くから赤色の顔料として用いられてきた。
英名のヘマタイトもギリシャ語の「血」を表わす
hemaに由来するものである。

黄鉄鉱のような立体的な結晶形はなく、
標本のような薄板状もしくは葉片状になることが多い。
その重厚な金属光沢のため人気が高く、
研磨されたものがアクセサリーとして売られている。
写真1
写真2
灰重石
Scheelite







Ca(WO4)
かいじゅうせきと読むその発音が好きだ。
灰はカルシウムCa、重石はタングステンWの鉱物であることを表す。

その名前はダテではなく、
見た目のはちみつ様の透明感とは裏腹に
むやみに重たい鉱物である。
水を1とした時の比較の重さを表わす比重は
5.88〜6.10にも及ぶ。
同じ体積の水の約6倍の重さがあるのだ。
3キロの重さのペットボトルを想像してみて頂けばよろしい。
ちなみにほたる石の比重は3.01〜3.25程度である。

もっとも金属鉱物だと思えば比重5や6クラスのものは珍しくなく、
方鉛鉱では7.4〜6に及ぶし黄鉄鉱でも5くらいにはなる。
灰重石の場合、見た目が金属的でない分
手にずしりと重く感じられるのだと思う。

透明度の高いものや合成されたものが
カットされ宝石として並んでいるが、
硬度がやや低いため傷がつきやすい。
写真1
写真2
磁鉄鉱
Magnetite







FeFe2O4
天然磁石として名高い鉱物であるが、
実際には磁力は産地や産状によってさまざまである。
落雷などの影響で磁場の方向が揃うと強力になり、
かつて諸葛亮孔明が用いた「指南車」は
本鉱の磁力を利用した方向指示器であったと言われる。

英名マグネタイトも磁石を意味するMagnetに由来するが、
他にマグネシウムの鉱物の
マグネサイト(菱苦土石)というのがあって少々まぎらわしい。

しかし鉱物資源的には磁石の原料というよりも
赤鉄鉱と並ぶ主要な鉄鉱石という扱いを受けている。
日本刀が砂鉄を精錬したものであることは有名だが、
砂鉄はすなわちこの磁鉄鉱の微細な結晶が
分離して砂に混じったものである。
従って磁性があり、
小学校の頃に実験で用いた記憶のある人も多いだろう。

結晶は写真のようなシャープな正8面体を示す。
写真1
写真2
リチア電気石
Elbite





Na(Li,Al)3Al6(BO3)3Si6O18(OH)4
鉄電気石の項で触れた、これがリチア電気石である。
結晶のタイプが鉄電気石と同じなのがおわかり頂けるだろうか。
色合いには写真のように赤系統のものと
緑系統のものがあり、
赤系統のものは特に紅電気石 Rubelite と呼ばれていたりする。

ところで写真の標本は上と下は赤いが、
中央に黄緑色の部分がある。
これはリチア電気石では珍しい現象ではない。
中には中央部と周辺部で色が異なっているものもあり、
輪切りにするとちょうどスイカの断面のような色調になっている。
このようなものをウォーターメロン・トルマリンと呼び、
スライスして研磨されたものが売られている。

母岩つきと分離結晶標本との値段がずいぶん違う鉱物である。
写真のように内部にクラックのある単結晶の標本は
決して高価なものではない。
「トルマリンの原石」が欲しいなら、こちらをおすすめしておく。
写真1
写真2
紅鉛鉱
Crocoite





PbCrO4
名高いタスマニアの紅鉛鉱である。
産地が限られている上に標本市場での人気が高く、
しかも非常にもろくて欠けやすいために
美品は安価とはいえない。

写真の標本は予算の範囲内で購入した
かなりのお買い得品で、
色鮮やかではあるが結晶が小さく短い。

輸送中に破損してしまうことも多く、
ショップの店主は
「これをオーストラリアから運ぶのは
なかなか大変なんですよ」と
遠い眼をして語ってくれた。

鮮やかなバーミリオンレッドはクロムによる発色。
写真1
写真2
ダンブリ石
Danburite







CaB2Si2O8
ダンブリいしではなくダンブリせきと読む。
鉱物名の「石」はほたる石等いくつかの例外を除いて
音読みしておけばまず間違いはない。
もっとも鉱物学における和名は決して一定してはおらず、
モナズ石なども「せき」としてある図鑑もあれば
「いし」としてあるものもある。
混乱を招くため学術的には英名の方を使うのが普通だ。

それにしてもダンブリというのは
ドンブリにも似た妙な語感であり、
この宝石にもカットされる美しい鉱物にはどこかそぐわない。
発見地であるアメリカ・コネティカット州ダンブリーに
由来するものだが、
だったらダンブリー石でいいと思う。

結晶は写真のように特徴的な長柱くさび状を示す。
水晶のように先端が尖っていない点に注目して頂きたい。
無色のトパーズに似るが、
ダンブリ石にはへき開がない点で区別する。

日本でも宝石質の美品を産出する。
写真1
写真2
輝水鉛鉱
Molybdenite


MoS2
box.2のモリブデン鉛鉱の項で述べた、
これが輝水鉛鉱である。
アルミ箔のような質感がおわかり頂けるだろうか。
硬度1〜1.5と滑石もびっくりの柔らかい金属鉱物で、
指で押すと簡単にへこむ。

小馬木鉱山はさまざまな図鑑で紹介されている有名産地だが、
現在は閉山しているとのこと。
写真1
写真2
藍銅鉱
Azurite










Cu3(CO3)2(OH)2
深い藍青色が非常に美しい銅の二次鉱物。
細かくするともっと鮮やかな青色を示し、
日本画では岩絵具として利用されてきた。

実はこの写真を撮影した後にうっかり手を滑らせ、
標本を落としてしまった。
母岩を含め3センチ大の小さなしろものだったのである。
落としたといっても台の上から下へ、
わずかに数センチの高さだったが
運悪く標本自体の重みで結晶が1本ぽっきり折れてしまった。

慌てて拾い集めようとした時、指先に鋭い痛みが走った。
破片が左手の人差し指に刺さったのである。
断口の切れ味は鋭く、みるみる血が出て来た。
凄いなあ、となんだか感心して見とれてしまったものだ。

身体に藍銅鉱を埋めこんだ男も悪くないと
しばらく放っておいたのだが、
作業をすると痛むので泣く泣く毛抜きと針で除去手術を行った。
指先から出て来た0.3〜0.5ミリ単位の破片は
実に鮮やかなブルーに輝いており、
なるほど絵具の材料であると納得した次第である。

産出が少ないため高価であるが、
本鉱の美品であればそれなりの大枚をはたいても
惜しくないと思っている。
しかし幸か不幸か、
今のところ納得できる標本にはまだ出会えていないのだった。
写真1
写真2

硫酸鉛鉱
Anglesite


Pb(SO4)
独特の質感で、標本界の人気もののひとつである。
大きな単結晶や群晶標本には腰が砕けるような値段がついている。
この標本は2センチ弱の大きさで2000円という廉価品だったので、
ひとつ手元に置きたいと思って購入したものである。
それでも雰囲気のある美しい透明感は
十分に味わうことができる。

無色の他、菫色から黄色、灰色、緑に黒と
さまざまな色合いの結晶がある。
写真1
写真2
桜石(菫青石仮晶)
Cerasite






                                
写真の桜の御紋はまったくの自然の造型である。
これは岩石中に出来た菫青石 Cordierite という鉱物の
六角柱状の結晶が、その後の何らかの作用を受けて
絹雲母や緑泥石といった他の鉱物に
変質してしまったものである。

このように、結晶の形はある鉱物なのに
中味は違う鉱物になっている状態を仮晶と呼び、
鉱物界では広く見られる現象である。

で、問題の菫青石の六角柱状の結晶というのは
単結晶ではなく、いくつかの結晶が組み合わさった形なのである。
そのそれぞれの結晶の間に包有物(インクルージョン)をはさむため、
断面に線の模様が現れるという寸法だ。
これが桜の花びら状に見えているのである。

雅やかな桜石は京都を代表する石であり、
産地の一部は天然記念物に指定されている。
写真1
輝安鉱
Stibnite


SbS
box2で紹介した輝安鉱の、
これは中国産の単結晶標本である。
ルーマニア産のものとはまた違った美しさがあるので
ここに収録した。
かつて愛媛県市ノ川で産出した結晶は、
どちらかといえばこちらに近いものである。

やや虹色を帯びた鋭利な金属光沢、
シャープな条線。
やはり鉱物標本の雄と呼ぶにふさわしい逸品である。
写真1