Notes/7
鋭錐石
Anatase






TiO2
透明な水晶から何か角のようなものが生えている。
ルーペで眺めると
金属光沢を放つ鋭い錐状の八面体の鉱物だ。
さらに目を凝らしてみると
透明感を湛えた澄んだ深い青色にきらりと輝く。
鋭錐石の美しい結晶である。

鋭錐石はこの後box.8で紹介するルチルと
まったく同じ化学組成を持つ酸化チタンの鉱物だ。
box.6の針ニッケル鉱の項で少し触れた、
同質異像の典型的な例のひとつである。
ちなみに化学式TiO2で表わされる鉱物にはもうひとつ、
板チタン石Brookiteがよく知られている。
いずれも鉱物ファンにはおなじみの顔ぶれだ。

ルチルもそうだが、私はチタンTiの鉱物に心惹かれる。
この金属の名がカメラの世界で
堅牢高級の代名詞として知れ渡っているからかもしれない。
写真1
写真2
写真3
微斜長石
Microcline







K(AlSi3O8)
微斜長石とは何とも微妙な名前である。
この鉱物は2方向に完全なへき開(割れやすい向き)があるのだが、
正長石Orthoclaseではこれが直角に交わるのに対し、
微斜長石では直角より0.5度ほど小さいのである。
へき開面が微妙に斜めの長石だから微斜長石。
もちろん肉眼では確かめようもない世界の話だ。

さて写真は結晶標本なのだが、
斜めの紙を折り返したような重ねたような変な形をしている。
これは2個の柱状結晶が組み合わさっているので、
十字石の項で述べた双晶のひとつのパターンである。
チェコのカルルスバッド産の長石に見出されたため、
カルルスバッド式双晶Carlsbad law twinと呼ばれている。

双晶には他にも色んなパターンがあり、
それぞれに日本式双晶、バベノ式双晶、ドーフィネー式双晶、
スピネル式双晶、マネバッハ式双晶、接触双晶、輪座双晶など
地名や鉱物名やその様式で呼ばれている。

なお、双晶は基本的に2個以上の結晶が
規則的な角度で組み合わさって生成されたもので、
後天的にくっついたものは双晶とは呼ばない。
写真1
インペリアル・
トパーズ
Imperial Topaz













Al2SiO4(F,OH)
box.2ではユタ州産の淡いシェリー色のトパーズを紹介した。
今回の標本は黄玉の名に相応しい濃い黄色を示している。
ブラジル・Minas Geraisのオロ・プレト特産品、
インペリアル・トパーズである。

トパーズは本来無色透明の鉱物だ。
確かに黄色や淡青色、ピンクに色づくことが多いが
その発色の原因はいまだ完全には判っていない。
前述したように熱処理で色を変えられるし、
極端な場合はそのへんに放置しておいただけで
褪色もしくは変色してしまう。
トパーズの色彩は極めて不安定なものなのだ。

そんな中、この産地のトパーズの濃い黄色だけは
抜群の安定度を誇り
ちょっとやそっとでは色褪せたりなんかしない。
インペリアルの形容詞を頂くゆえんだ。

…なんて能書きを垂れるといかにも高級な雰囲気が漂う。
いやもちろんインペリアル・トパーズ自体は上質な天然宝石である。
しかしながら、標本市場に回ってくるのは
この標本のように内部にかなりのクラックの入った品ばかりなのだ。
残念ながら透明良質の品は産出自体が少ないのである。

宝石商の店頭に並ぶ分には、
色が濃くてもヒビや傷のある天然石より、
加工され色をエンハンス(強調)された
傷のない品の方が見栄えがいい。
母岩付きでないこともあり、
写真のような標本は驚くほど安価なのである。

安価とは言っても埋蔵量には限りがある。
入手するなら今のうちかもしれない。って宣伝してどうするよ。

クラックが多いがゆえに
一種べっこう飴のようなニッキ飴のような独特の質感を持つ。
これもまた楽し、である。
写真1
写真2
苦土毛礬
Pikeringite








MgAl2(SO4)4・22H2O
毛礬(もうばん)とはよく名付けたもので、
まさしく毛である。
苦土はマグネシア、礬はアルミナを表す。

以前は苦土明礬(みょうばん)と呼ばれていたが、
明礬石グループには属さず、まぎらわしいため
この名前が提案された。
優美な絹糸状の繊維結晶をなす。
写真のチリ産の標本は殊に見事なものである。

繊維状の結晶は鉱物界では珍しくはない。
ここでもオーケン石やルチルを紹介したし、
box.8では石綿や繊維石膏の標本も登場する。
しかし見た目は同じように繊維でも
それぞれに独特の顔がある。
たとえば石綿の仲間はそれで布が織れるほどに丈夫な繊維だが、
本鉱は非常にもろい。
繊維をつまみとってみるとすぐにボロボロと崩れて粉になってしまう。

ショップの店員さんはこの標本を梱包しながら、
崩れやすいので気をつけること、
水溶性なので水気が禁物なことを丁寧に注意してくれた。

そんなはかなくも美しい結晶標本である。
写真1
写真2
玉滴石
(オパール)
Hyalite
(Opal)







 
SiO2・nH2O
今までベレムナイトの化石オパールと
メキシコ産のマトリックスオパールと
2種類のオパールを紹介してきた。
いずれも色彩豊かな遊色(イリデッセンス)を表わすものだったが、
ここに示した標本は少々趣が異なる。
ころっとした石の上に
様子の変わった氷のようなものが乗っている。
無色透明で、その輝きはつららのようだ。
これもまた、さまざまな顔を持つオパール・蛋白石の
ひとつの形態なのである。

再三述べてきたように、
オパールは水を含んだ珪酸であり、非晶質の鉱物である。
その構造や外観は生成環境によって様々だ。
これらのうち、ガラス様無色透明(白色のものも含める場合もある)で
粒状あるいはブドウ状になっているものを
特に玉滴石と呼んでいる。

オパールは世界中に広く産し、
この形態のものは日本でも産出する。
産地によっては紫外線で
鮮やかな蛍光を発することで知られる。
これは含まれる微量のウランのせいであるらしい。
写真1
写真2
鋼玉(コランダム)
Corundum












Al2O3
ちょっと鉱物に詳しい人なら、ははんと思うかもしれない。
コランダムというのは即ちルビーやサファイアと同じ鉱物である。

この鉱物の呼び方は宝石学と鉱物学では異なり、
宝石では深紅のものだけをルビー、
それ以外は何色でもとりあえずサファイアと言う。
鉱物学の方では赤系統のものをルビー、
青紫色のものをサファイア、
それ以外は全てコランダムと呼んでいるのだ。

従ってこの標本も宝石学的には
「サファイアの原石」と呼ぶことができる。
そう思うとなかなか偉そうだが、ご想像の通りバカ安い。
コランダムの原石は、たとえ透明な宝石質のものでも
私的な感想をいえばそんなに見栄えのするものではない。
色とりどり形さまざまの鉱物標本の中では
むしろ地味な方に属してしまう。
カットし研磨して初めて輝く鉱物の代表格みたいなものだ。

それでもコランダムが宝石の中で
非常に重要な位置を占めているのは、
モース硬度9というダイアモンドに次ぐ硬さが
大きく貢献している。
非常に丈夫で傷つきにくいのだ。
また、宝石質の石の産出が稀であることも手伝っている。

1902年にフランスのオーギュスト・ベルヌイは
本鉱の合成に成功した。
誤解されやすいのだが、合成宝石と模造宝石とは全くの別物で
ベルヌイ法によって合成されるコランダムは
化学組成・結晶構造は天然のものと一緒である。
標本市場にもカットされていない(スライスされた状態が多い)
人造ルビーやサファイヤが出まわっており、
これは下手をすると天然の原石より透明で美しく、
また値段も高いのだった。
写真1
写真2
若林鉱
Wakabayashilite







(As,Sb)2S3
box.6で益富雲母について少し触れたが、
鉱物界には日本人の名前のついたものがいくつかある。
ここで紹介する若林鉱もそのひとつだ。
鉱物学者・若林弥一郎博士に因んで命名されたものである。

化学組成的には硫化鉱物に属し、
砒素とアンチモンを任意の割合で含む。
産地は現在アメリカ・ネヴァダ州と
群馬県北甘楽郡西牧鉱山が知られており、
世界的にみても非常に産出の稀な鉱物である。

産状は鮮やかな黄色の針状や毛状結晶で、
多くは顕微鏡サイズのものだ。
写真のネヴァダ産の標本は母岩(主に自然硫黄)の大きさが
約3センチ程。
本鉱の標本としてはかなり立派なものである。

私は決してナショナリストではないが、
このような美しい鉱物に日本人の名前が冠せられているのは
何だか嬉しい気がする。
写真1
写真2
テクタイト
Tektites









写真には表面に不規則な凹凸のある黒い物体が写っている。
非常に緻密で軽い。
ラベルには「ガラス質飛来物」とある。
飛来物とは何ぞや。

テクタイトはその起源がはっきりしない物質である。
成分としては珪酸を多く含んでおり、ガラス質の物体だ。
以前は隕石であると言われていた。
ラベルに飛来物とあるのはこのためである。
過去には月の火山の噴火で
地球に飛んできたとする説もあったらしい。

最近の研究では、
隕石が地表に衝突した際の熱と衝撃で
地球上の岩石が溶融して出来たとする説が有力である。
いずれにせよテクタイトは地球上の出来事だけで
生成した岩石ではないことは確からしい。

確かにその顔つきは妙にSF的である。
ギーガーの画集が似合いそうだ。

こういう風に説明するといかにも珍しそうだが。
あるところにはゴロゴロある上に利用価値もないため、
二束三文で売られている。
SFをものされる方は、インスピレーション用として
手元に置かれるのもまた一興。
写真1
写真2
ラブラドル長石
(曹灰長石)
Labradrite











(Ca,Na)(Si,Al)4O8
ラブラドライトもしくはスペクトロライトの名で知られる
非常に美しい長石である。
美しいとは言っても、
加工されていない状態をパッと見ると
写真2のような灰色のごく地味な石でしかない。

しかし、持ち上げて少し角度を変えてみよう。
写真3をご覧頂きたい。
たちまちのうちに石の表面に
色鮮やかな虹色の閃光が浮き出て
見るものの目を奪う。

ラブラドル長石のこの閃光の原因は、
box.4で紹介した月長石と同様である。
成分の異なる構造が層状になっており、
その境目で光の屈折・干渉が起こっているのだ。
磁鉄鉱のインクルージョンにも関係があるともいわれる。

その性質上、研磨した方が美しく見えるため
宝石・貴石売場にはよくドーム型にカット(カボションカット)された
本鉱が並んでいる。
ミネラルショップに並ぶ標本も殆どは
一面ないし全面を研磨したものだ。
写真の標本も写真1・4に示した面のみ研磨されている。

しかし時折は
まったく加工されていない原石も売られているので、
機会があったらぜひ手にとって見て頂きたい。
何気ないゴツゴツした石が、
一瞬にして虹色の輝きを帯びる様は壮観の一語につきる。
写真1
写真2
写真3
写真4