Notes/8
ルチル(金紅石)
Rutile









TiO2
今まで何度となく名前の出て来たルチルの、
ご本尊とも言うべき結晶標本である。

ルチル入り水晶の項で述べたように、
本鉱は他の鉱物の中に混入する
インクルージョンとしての顔の方が有名である。
水晶の透明な衣を纏ってみたり、
ルビーやサファイアの中に潜んでは
スター効果を示したりしている。
これらの場合、ルチルは細い細い針や毛のような姿をしている。
言わば脇役である。

ところがそんな彼にも主役級の堂々とした顔があるのだ。
ここに示した重厚な金属光沢を放つ
暗赤褐色の3センチ大の六角柱こそは、
ルチルの「表の顔」に他ならない。

表の顔とは言っても
このような形での産出は決して多くはなく、
ショップでもたまにしか見かけない。
そして見かけた途端に目が眩んで購入してしまった。

高い屈折率を誇り、結晶によっては
見事なダイヤモンド光沢(金剛光沢)を放つ。
美しい鉱物である。
写真1
写真2
写真3
普通輝石
Augite










(Ca,Mg,Fe)2Si2O6
教材用標本の内容一覧表には
必ずといっていいほど「普通輝石」という名前が記されている。
どんなふうに輝く石かと思って実物を参照すると、
ここに示したようなころっとした黒い小さい石が
ビニール袋等に入って鎮座ましましているのだ。
少し拍子抜けしてしまう。

しかし標本を責めてはいけない。
輝石は実際に輝く石なのだ。
英名のAugiteも、ギリシア語のauge「光沢」に由来する。

写真は標本箱に入っていた普通輝石の結晶である。
そもそも安価な教材用標本箱に
単結晶の形で入っている鉱物は珍しい。
今まで紹介した方鉛鉱やクロム鉄鉱、バラ輝石のような
鉱石の余りもの的な塊状の標本がほとんどである。

だのに輝石や角閃石が結晶標本で収められているのは、
つまりわざわざ探したり取り出したりしなくても
分離単結晶の状態で拾うことができるからなのである。

造岩鉱物である輝石がその辺で拾えるというのは、
母岩が風化してしまったからに他ならない。
手っ取り早く言えば、この輝石の表面も
雨風にさらされてちょっと傷んじゃってるのだ。
従って、新鮮な標本はちゃんと結晶面に見事な光沢を放つ。

ちなみに和名の普通輝石は、
もっとも普通に産出するからという悲しくも単純な理由である。
写真1
日長石(サンストーン)
Sunstone









(Na,Ca)Al(Al,Si)Si2O8
写真にはドロップの破片のようなものが写っている。
box.4で紹介した月長石(ムーンストーン)に対して、
日長石(サンストーン)と呼ばれる貴石である。
長石の仲間に属し、紅色を帯びたものをこう呼んでいる。

ラベルによれば、写真の標本は
ラブラドル長石に属するものらしい。
中央に橙色の帯が見えるが、
これは自然銅が石の中に入り込んでいるのだ。
インクルージョン(内包物)である。
このため、透明な石全体が暖かい輝きを放っている。
サンストーンの名に相応しい美しい石である。

前述のように一口にサンストーンと言っても
組成から発色の原因に至るまで
さまざまな種類がある。
手元のCally Hall「宝石の写真図鑑」では
「インクルージョンにより
光を反射して金属的なきらめきを示す曹灰長石」を
サンストーンと定義し、
まったく違うタイプの標本を紹介している。

したがって写真のものが
スタンダードな日長石という訳ではない。
写真1
写真2
石綿(リーベック閃石)
Asbestos(Riebeckite)

















Na2(Fe,Mg)3Fe2Si8O22(OH)2
竹取物語に出てくる不燃布、
「火ねずみの皮ごろも」は石綿で織った布であったという。

鉱物にも造詣の深かった平賀源内の発明した
燃えない布「火浣布(かかんぷ)」の正体もこれであった。
火浣布とは読んで字の如く火で浣(あら)う布で、
「汚れた後に火中に投ずれば、
布は燃えず汚れだけが焼失し綺麗になる」が
謳い文句であった。
元々山師的なところも多かった源内の口上であるだけに
これは少々うさんくさい。

分類学的には石綿Asbestosは特定の鉱物名ではない。
繊維状を示す珪酸塩鉱物の通称である。
代表的なものには蛇紋石の一種クリソタイル石綿Chrysotile、
直閃石が繊維状になった直閃石石綿Anthophyllite-Asbestos、
青色の繊維状リーベック閃石のクロシドライト(青石綿)
Crocidoliteなどがある。
写真のものはリーベック閃石の石綿だ。

丈夫な鉱物の繊維ということで利用価値の高い資源だったが、
健康に有害であることがわかり
産業の表舞台からは姿を消してしまったことは
ご承知の通りである。
子供の頃に実験でアルコールランプの上に敷いた
アスベスト付き金網も、
今ではセラミック製が取って代わってしまっている。

苦土毛礬の項でも述べたように、
繊維状の鉱物は決して珍しいものではない。
しかし古来人間たちを驚かせてきた石の綿は
やはり独特の風情があり、標本として魅力的である。

綿の向こうに見える緑色の部分も
緻密な繊維状結晶の集合になっている。
こういう構造のものは見る角度によって帯状の絹糸光沢を放ち、
研磨すると美しい飾り石になる。
後に紹介するタイガー・アイ(虎目石)はこの仲間である。

石綿は本来は珍しい鉱物ではない。
が、現在は産業目的の採掘が行われていないため
目にする機会は決して多くはない。
人気もあまりないのか、
ショップでも抽斗の片隅にひっそりと収められている。

忘れられた鉱物資源である。
写真1
写真2
オパール
Opal








 
SiO2+nH2O
4度目の登場になるオパールである。
基本的にはbox.6で紹介したものと同じ
メキシコ産のものだが、
こちらの方がより遊色が細かく、透明感にすぐれている。
立派に宝石たりうるものだ。

このような宝石質のオパールを
プレシャス・オパールPrecious Opalまたは
ノーブル・オパールNoble Opalと呼ぶ。

コランダムの項で書いたように、
宝石の条件は美しさもさることながら
硬さと耐久性も欠かすことができない。
ところがオパールは何度も述べているように
非常に華奢でもろく、乾燥に弱い鉱物である。

従って指輪などに用いる場合には、
オパールを薄くスライスしたものを
丈夫で透明な素材で挟みこむという工程が必要となる。
まれにオパール自体をドーム型にカットし
研磨したものが存在するが、
そのような加工に耐えられる
上質の天然石となると、
これはもう大層なお値段になってしまうのだった。

宝石売場には合成品も広く出回っている。
写真1
写真2
金雲母
Phlogopite




K(Mg,Fe)3(AlSi3O10)(OH,F)2
金雲母といっても金が含まれているわけではない。
化学組成的には黒雲母の仲間に属する。
鉄が少なくマグネシウムが多い。
色も黒雲母よりずっと薄く、
写真のような黄褐色を示すことも多いため
金になぞらえてこの名前がついた。

写真の標本は、火山岩の表面の隙間に
六角薄板状の結晶が詰まっているものである。
産状としてちょっと面白いので挙げてみた。
藤原卓「日本の鉱物」(成美堂出版)には
山口県下関産の同タイプの標本が紹介されている。
写真1
写真2
スペサルチン
(満礬ざくろ石)
Spessartine













Mn3Al2(SiO4)3
何種類か紹介してきたざくろ石Garnetのシリーズの一つである。
マンガンとアルミニウムを主成分とするため
満礬ざくろ石(スペサルチン)と呼ばれているものだ。

ところでこの標本を
既に紹介ずみのアルマンディンや
グロッシュラーの標本と一緒に並べて
どれがどれか、と言われても私には判らない。
図鑑では気を使って
それぞれの個性がより強く現れた標本が
掲載されていたりする。
しかし実際にはやはりどれも同じざくろ石の仲間であり、
特に赤味を帯びた透明な結晶は
なかなか素人目には区別はつかないものだ。

実はこういう時、母岩や共産している鉱物が
けっこう重要なヒントになる。
例えばここに挙げたスペサルチンであれば、
マンガンを含まない鉱床にはできないはずだ。
そうなると産出した地方や鉱山名なども
鑑定に際しての大きなファクターになってくるのである。

逆に考えれば、スペサルチンの結晶の周辺には
マンガンを含む鉱物が共産している可能性も高い。
さらに鉱物の生成条件を知れば、
その標本を含む鉱床がどのようにして作られていったかも
読み取ることができるだろう。

ひとつの標本は、このように色々なことを
教え語りかけてくれるのである。

ただしざくろ石などグループ化されている鉱物は、
種類間で互いに中間のものをつくりやすい。
やはり鑑定はなかなか一筋縄ではゆかないのである。はあ。
写真1
写真2
写真3
黒雲母
Biotite















K(Fe,Mg)3(AlSi3O10)(OH,F)2
先程はドロップの破片を紹介したが、
今度は海苔を巻いたおかきの破片である。
海苔の部分は黒雲母だが、
この海苔に挟まれた部分が、実は問題なのだ。

本標本のラベルにある
福島県伊達郡川俣町水晶山は、
日本屈指の希元素鉱物の産地である。
手元の図鑑から引用しよう。
「長石・珪石を目的に花崗岩ペグマタイトを採集する鉱山で、
ここからはイットリウムY・ニオブNb・タンタルTaなどの
希元素を主成分とする珍しい鉱物が
たくさん産出した」

そんな次第で、この一見何の変哲もない
おかきのような石には
世界的にも産出のまれな鉱物が隠れているのだ。
ラベルには
「トロゴム石・テングル石・イットリア石・フェルグソン石等を伴う」と
耳慣れない名前がずらずらと並んでいる。
いずれも先に挙げた希元素を含む鉱物だ。

これらの希元素鉱物は、副成分として
ウランやトリウムなどの放射性元素を含んでいる。
このおかきは何とびっくり放射能も発しているのだ。
もっとも標本程度のサイズの鉱物が発する放射能は
それこそたかが知れており、被曝等の心配はまずいらない。
微量の放射能というのは天然にも普通に存在している。

ただし、これらの鉱物自体は地学的な単位の時間、
自分の発する放射能を浴び続けているわけで。
このため、自身の結晶構造が
放射線の影響で破壊されてしまっている。
このような状態を専門用語で「メタミクト化」という。

なんだか恐ろしげな風情だが、
前述したように放射線は天然に普通に存在しているので、
珍しい現象ではない。
宝石商の店頭に並ぶ美しい緑色のジルコンなども、
メタミクト化していることが多かったりする鉱物である。
写真1
繊維石膏
(サテンスパー)
Satin Spar(Gypsum)










CaSO2・2H2O
石膏Gypsumについてはbox.3の雪花石膏の項で触れた。
あちらは緻密な粒子の集まりだが、
こちらは繊維状の結晶の集まりである。
写真2に示したように、
鉱物の繊維状の結晶が一定方向に揃って並ぶと
サテン様の独特の光沢を放つ。
このような輝きを絹糸光沢と呼んでいる。

鉱物の光沢については
いくつかの種類に分類されており、
絹糸光沢をはじめそれぞれにガラス光沢や樹脂光沢、
脂肪光沢に真珠光沢、金剛光沢といった名前がある。
表現こそ単なる形容というかアバウトな感じだが、
鉱物の分類鑑定上の重要なファクターのひとつである。

例えば石英(水晶)やほたる石はガラス光沢。
硫黄や滑石は樹脂光沢。
ダイアモンドはやルチルは金剛光沢を放ち、
玉髄のにぶい輝きは脂肪光沢。
真珠光沢は魚眼石のへき開面等に見られるといった寸法だ。

しかし実際のところ、こうやって文章にして羅列してみても
具体的には「?」という感じがする。
結局はたくさんの実物に接して眼を養ってゆくしかない。
モース硬度計に輪をかけてアナログな分類なのだった。

それだけに何だか机上の分類という気がしなくて、
個人的には気に入ってるのだけれども。
写真1
写真2
太陽ルチル
Rutile sun








TiO2
太陽ルチルというのは通称である。
この標本のようにルチルの細い板状結晶が
放射状に広がっているものを仮にこう呼んでいる。

今まで何度かルチルの針状結晶によって生じる
スター効果について触れてきた。
太陽ルチルとは、
要はこのスター効果を生むルチルの星のスケールが
少々でっかくなったものなのである。
太陽の中央の黒い部分は赤鉄鉱。

これでルチルという鉱物の3種類の顔を紹介したことになる。
ルチルに限らず、
鉱物には色んな顔がある。
というか、色んな変装をしている。

変装を見抜いて正体を見極めるのは至難の技だが、
連中にはそれぞれに癖があるものだ。
その癖をチェックしてゆくことで
仮面を剥ぎ、真実の姿に到達することができる。

鉱物を調べるというのは、
そういう謎ときの作業でもあるように思う。
写真1
写真2