Notes/9
自然金
Gold












Au
ルーマニア産の自然金の標本である。
金には砂金をはじめいくつかの産出のパターンがあるが、
この標本のようなタイプは銀を任意の割合で含むものが多い。
ラベルにもAu:Ag=3:1という比率が記してある。

金と銀の混合鉱は一般にエレクトラムという名前で呼ばれる。
本標本も比率的には十分エレクトラムの資格があるが、
ここはラベルに従って自然金とさせて頂く。

ご存知のように銀は放っておけば
表面が酸化して黒ずんでしまう。
従って銀の割合の多い金銀鉱もまた、
やがては黒っぽくなってしまうのだった。

価格はむろん金の割合に比例する。
18金よりも24金の方が高価なのと同じ理屈だ。

非常に柔らかい金属で、
展性(平たく伸ばせる性質)がむやみと高い。
金箔を想像して頂ければよろしい。
写真に示した標本は左右1センチ未満のサイズではあるが、
この一見豪華な金の装飾はおそらく
重さにして0.1gにもはるか及ばない量だろう。

それでもやはり貴金属の王者の気高い光輝は
見るものを魅了して止まない。

ちなみに、この標本やbox1で紹介した硫黄のように
純粋に天然で産出する元素鉱物には、
特に「自然○○」という接頭辞をつけることがある。
これは他鉱物を精錬して作られた金や硫黄と
区別しての呼称だと思えばいい。
英語ではNative Goldのように表記する。
写真1
写真2
アマゾナイト(微斜長石)
Amazonite
(Microclane)




K(AlSi2O8)
ソーダアイスで出来たバナナのような物体だが、
天河石という異名を持つ美しい鉱物である。
その正体はカッコ内にあるように、
box7で紹介した微斜長石の仲間だ。
含有する微量の鉛の働きで、
このような優しい淡青色や青緑色を示しているらしい。

名前はアマゾン川に由来する。
とはいえ、ブラジルの一部を除けば
特にアマゾン川流域で産出する鉱物という訳でもないのだった。
本標本もアメリカはコロラド州産である。

長石らしい四角柱状や
カルルスバッド式双晶(微斜長石の項参照)で
産出することが多い。
写真1
写真2
緑鉛鉱
Pyromotphite










Pb5(PO4)3Cl
鉛の鉱物というと方鉛鉱のような鉛灰色の
重量感のある金属鉱物を想像しがちだ。
しかしここに紹介する緑鉛鉱は、
ご覧の通り鮮やかなパステルカラーの緑色を示す
ヴィヴィッドな鉱物である。
それゆえに緑鉛鉱の名前がある訳だ。

ところで本鉱を茶碗の糸尻にちょっと擦りつけてみよう。
なんだか白っぽい粉が出るだけで、
別に緑色の線が書けるわけではない。
つまり緑鉛鉱の緑は「本来の色(自色)」ではないのだ。

鉱物のこのような色彩を「他色」と呼ぶ。
そして他色の鉱物にはありがちなことだが、
生成条件によっては緑色以外の発色をすることも
別に珍しくはないのである。

写真3,4をご覧頂きたい。
石英の白地に映える美しい山吹色の結晶が写っている。
ショップではこの標本を
次に紹介する「ミメット鉱」のラベルで購入したのだそうだ。
しかし解析してみたところ、
成分的には緑鉛鉱であることが判明してしまった。
これをもって「緑の」鉱物と呼ぶのはちと無理がある。
無理があるが仕方がない。

緑鉛鉱は日本でも産出するが、
やはり淡黄色や褐色の標本が多いのだった。
写真1
写真2
写真3
写真4

ミメット鉱

Mimetite







Pb5(AsO4)3Cl
んで、こちらが間違われた方のミメット鉱である。
上の緑鉛鉱と化学式を見比べて頂きたい。
(PO4)と(AsO4)の部分が違うだけで、後は全く同じだ。
すなわち緑鉛鉱の燐酸を
砒酸に置き換えたものがミメット鉱であることがわかる。

構造上ではこの2つの酸は任意の割合で置換できるため、
緑鉛鉱とミメット鉱の中間的なものも少なくない。
こんな場合は分析を行い、より多い方に従って
鉱物名を決定するしかない。
上に挙げたような混乱が生じるのも無理はないのである。

外観的にはとりあえず緑色のミメット鉱は見つかっていないので、
緑色ならば緑鉛鉱だと断定することは可能だ。
しかし上記のように黄色や褐色の緑鉛鉱は珍しくない。
素人目にはなかなか判断のつかないところである。

写真の標本はメキシコ産で、
微細な鱗片状結晶の集合体がポンポン状になっている。
box3で紹介したカバンシ石の
黄色版といったおもむきで、なかなか可愛らしい。
写真1
写真2
ぶどう石
Prehnite




Ca2Al(AlSi3O10)(OH)2
ぶどう石とはよく名付けたもので、
この標本なんかは色といい形といいマスカットそのものである。
やや鈍い光沢はほたる石にも似た柔らかい雰囲気があり、
カットされて宝飾品に使われることもある。

もっとも、鉱物の産状としてぶどう状という形は
決して珍しいものではない。
また本鉱も必ずしもぶどう状で産出するとは限らない。
しかし何度も細かいことを言うのもナンなので、
ここは敢えて素直にぶどう石らしい標本を紹介してみた。

英名のPrehniteは人名に由来する。
写真1
写真2
スピネル(尖晶石)
Spinel







MgAl2O4
白い大理石から透明度の高い
紅色の八面体の結晶が顔を覗かせている。
ミャンマー産のスピネルの標本である。

これを「ルビーの原石だよーん」と言うと
だまされる人が出そうな雰囲気だ。
実際、きちんと研究がなされる以前は
このような紅色のスピネルは
ルビーの一種であると考えられていた。
産状も比較的似ていたりするので始末が悪い。

ショップでもまったく同じように
大理石の中に埋まったルビーの標本を見かける。
ただしよく見ると形が違う。
ルビー(コランダム)はスピネルとは結晶のタイプが異なるため、
八面体にはならないのである。

本来は無色透明な鉱物だが、微量の副成分によって
さまざまな色彩を帯びる。
紅色は鉄分による発色であるという。
写真1
写真2
写真3



セラン石
Serandite








Na(Mn,Ca)2Si3O8(OH)
この標本を見て
「しゃけの切り身」と評した友人がいた。
確かに似ている。
海苔のようなものがついているのも悪い。

セラン石は独特の明るい橙赤色を示す希産鉱物である。
カナダのモンサンチラールMon St.Hilaireが世界的産地だが、
近年は良品があまり出回っていないそうだ。

本標本は堀秀道先生のお店で購入したものである。
4センチ大のへき開片。
色合い的にはかなり良い方だと思う。
「この海苔は何ですか」と先生に尋ねたところ、
間髪を入れず「エジリンですね」というお答えを頂いた。

エジリンは和名を錐輝石という輝石グループの一種である。
「こういうペグマタイト中の鉱物にくっついてくるのは、
大概エジリンです」
この単語を先生は「ジリン」ではなく
完全に平坦なアクセントで「エジリン」と発音した。

専門用語なのだなあ、と何となく感心したのを覚えている。
写真1
マイクロ石(微晶石)
Microlite




(Ca,Na)2Ta2O6(O,OH,F)
白色の曹長石の上に
0.5ミリ大のオレンジ色の粒がばらっと散らばっている。
拡大してみると透明な八面体の結晶が確認できる。
微細な結晶だから微晶石。
マイクロライトは判りやすい名前だ。

非常に美しい眺めなのだが、
いかんせん本当にミクロサイズの世界である。
ルーペを片手に楽しむしかない。
しかしそれこそが楽しいと思い始めたら、
かなり病は膏肓に入ってしまっているわけで。
後戻りはなかなか難しいといえよう。

最近、相川七瀬嬢が鉱物を集めているという話を聞いた。
来るのか、鉱物ブーム。
写真1
写真2
タイガー・アイ
Tiger's Eye


























写真2にあるようなものは、
デパートの鉱物売場なんかでも普通に見かける飾り石である。
実際、そういう場所で二束三文の値段で買った。
従って産地も何もわからない。
ところがどっこい、こいつは色々と奥の深い鉱物なのだ。

まず最初に記しておかねばならないのは、
これは「虎目石」「タイガーアイ」もしくは
「タイガーズアイ」という名前の物体だということである。
たまに「キャッツアイ」の名で売られていることがあるが
宝石の方でいうキャッツアイは
金緑石(クリソベリル)の一種で、まったく別の鉱物だ。

ではこの写真の石の正体は何か。
「珪酸分が染みこんで固化した石綿」なのである。

分類的には珪酸の固まったものという意味で
石英SiO2とする考え方がある。
石綿は石英に含まれる内包物であるという訳だ。
このため、前述した金緑石のキャッツアイと区別するために
「クォーツ・キャッツアイ」と呼ばれる場合もある。

しかし単なるインクルージョンにしては
ちと幅を利かせすぎてはいないか。
てな訳で図鑑によっては
石綿のページに紹介されている場合もある。
ここでは判断を留保し、従って化学式の紹介は略している。

box8で紹介したように、石綿には幾つかの種類がある。
タイガー・アイの繊維状組織は、
リーベック閃石のそれ(クロシドライト)だ。
クロシドライトは別名を青石綿というように、
本来は青色を示していることが多い。
そのため、単純にクロシドライトの固化したものは
青と白もしくは灰色の縞状の模様になっている。
このようなものはまた「ホークスアイ」「鷹目石」と呼ばれ、
やはり飾り石として使われている。

しかるに、このホークスアイが酸化作用を受けると
黄色い部分が出来てタイガー・アイになるのである。

よく手入れされた髪の毛には、
光源の向きによって
エンジェルクラウンと呼ばれるつややかな輝きが見える。
少女漫画の髪の毛の描写でもおなじみの光沢だ。
研磨されたタイガー・アイの放つ光の筋は、
これとまったく同じ原理なのである。

このような現象をキャッツアイ効果
あるいはシャトヤンシーと呼ぶ。
繊維状のインクルージョンを含む透明な鉱物には
珍しいことではない。
ただし効果は研磨しないと現れないので、
採掘されるタイガー・アイやホークスアイは
片っ端からつるつるに磨かれてしまう。
従って写真1のような未研磨の標本は非常にまれである。

虎目の原因となる繊維状の組織が
おわかり頂けるだろうか。
写真1
写真2