REPORT
10回国際化石鉱物ショー
(平穏な日常より抜粋)


池袋で開催された第10回国際化石鉱物ショーを覗いた。

各ブースと出店業者の案内図のついたガイドブックを手に、
まずは会場内をさっさと一周する。

サンシャイン文化会館2Fのスペースには、
例によって無国籍フリーマーケット状態が展開していた。
しかし春のミネラルフェアに比べ通路が広めに取ってあるので、
閉塞感はいくぶん緩和されている。
ちょっと広めのデパートの催事会場を想像して頂ければよろしい。
心なしか客層も割と普通な感じがする。
普通でない客層ってどんなんだ。俺か。

さて国際フェアといえばやはり海外の業者である。
今回はいわゆる原産国から出店しているブースを重点的に見てみた。

オパールの大産地であるメキシコの業者の店頭には、
水を張ったタッパーウェアが無造作に並んでいる。
水中には5〜10センチ大の
遊色鮮やかなオパール原石がごろごろと浸かっていた。
オパールは乾燥すると割れたり曇ったりするので、
このような措置が取られているのである。
ぱっと見オパールの漬物屋だ。

値段はタッパーごとに貼ってあり、
一番安いそれはどれでも1個1000円とある。
実に適当な売り方で、漬物度はいや増すばかりである。

ちなみにこれを日本のお店で買うとまず1個4〜5000円にはなる。
相場なんてそんなもんだ。

オパールと並んで日本人が大好きな鉱物といえば、翡翠である。
オパール漬物屋の向かいには
ミャンマー産の翡翠屋が店を開いていた。
大小さまざまな翡翠の原石が、発掘現場よろしくその辺に転がしてある。
まったく漬物石屋の風情である。

実際、売られている原石は外見はただのでっかい灰色の漬物石だ。
そのままでは漬物をしたい人以外は誰も買わないので、
一部を削って磨き「中身はキレイな翡翠ですよ」とアピールしている。
のぞき窓が開けてあるのだ。おお、時事ネタ。

もっともこの窓の部分だけを緑色に染めている場合もあり、
ミャンマーの翡翠を買うのはちょっとしたバクチなのだそうだ。
大きくて値も張るしむやみに重たいので、
そのようなバクチに手を出すつもりはない。

漬物屋と漬物石屋を冷やかして振り返ると、
はげ頭の男が大あくびをしているのが目に入った。
ロシアの業者らしいが、マイク・ベルナルドに似ている。
テーブルの上には3、4センチ大の標本が
裸でぞろぞろと並んでいた。
私の好きなのはこういうお店である。

国土の広いロシアは、さまざまな産地を抱えている。
母岩中に帯赤紫色の六角柱が埋まっている標本を手に取り、
コランダムかと尋ねるとそうだと言う。
ハウマッチと聞くと電卓を取り出し、数字を打って見せる。
彼等の売り方はだいたいこういう塩梅だ。
単位が円であることを確認し、商談成立である。

ところで裸で売られている標本にラベルはない。
産地を知りたいので聞いてみた。
「オラ、ロシア」
むろん「私はロシアである」と主張している訳ではない。
コラ半島という地名が「オラ」と聞こえただけである。

彼の店ではもう一つ、
アゼルバイジャン産のルチルの結晶を買った。
ルチルの結晶といえば、
葉ろう石中に産するアメリカのジョージア州産が有名で、
他の地方のものはまず見かけない。
ところがこちらは石英に埋まった標本で、かなりの美品である。
おそるおそる値段を尋ねたら、アメリカ産の1/3くらいだった。
うほほ。ラッキー。

ちょっとした掘り出しもので気を良くしつつ、
例によって後編に続く。

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第10回国際ミネラルショー・その2。

ぶらりと足を踏み入れたブースは、インドからの出店であった。
会場内がフリマ状態であることは前回も述べたが、
その傾向はこの店において激しく頂点に達していた。

なんせ標本やアクセサリーに混じってポテチやサンドイッチが置いてある。
むろん売り物ではない。店の人のおやつである。
よく見ると小銭や札束もあった。持ってくぞコラ。
だいいちカウンターというものがない。
レジスター自体が売り物然と並んでいる始末である。

中をうろつく人々も店員なのか客なのか判然としない。
見るからにインドな男性は店主らしいが、
後は日本人ばかりなのだ。
何か売りつけようとしている方が店側の人間だと思うしかない。
ところが、この店員とおぼしき連中がまた胡乱なのである。

インドはムーンストーンや沸石、
魚眼石やオーケン石やカバンシ石の名産地だ。
テーブルにはこれらの鉱物が適当に箱に入って並んでいる。
各標本には小さなシールが貼ってあり、
ボールペンで「14」とか「32」とか書き込んである。
ドル立ての価格なのだ。
納得している最中にいきなり「8000」とかいう標本を発見した。
そんなに価値が違うものかとビックリしていると、
これは日本円の値段なのであった。
統一せい。

綺麗なグリーンの魚眼石をためつすがめつしていると、
女性が日本語で話しかけてきた。
「いくつかまとめて買うと、お安くなりますよ!」
さらに彼女は声を潜めて続けたものである。
「私に言って下されば、もうちょっとお引きしますから」
「はあ」
私は気のない返事をした。
少々購買意欲をそがれたのである。

この手の通訳風味の方々はあちこちのお店に駐在しているのだが、
実のところあまり信用はできない。

ふと気がつくと初老の紳士風のお客があらわれ、
くだんの女性に尋ねている。
「この沸石は何ですかね?」
「はい…ええと、スティルバイトだと言ってます」
伝聞なのは、インド人店主に聞いたからである。
「それは何沸石かなあ」
「いやー、よく判んないんですよー。お客様の方がお詳しいのでは…」
頼りないことおびただしい。

紳士はさらに私が先程見ていたグリーン魚眼石を手に取った。
「これは何ですかな、魚眼石ですか、エメラルドですか」
絶句した彼女は振り向くと、ついに私に向かって言った。

「お客様、これ、何ですか?」

あのう。何だか判らないものを値引きして下さるつもりだったのでしょうか。

結局私は安い小さな魚眼石の結晶をひとつだけ買った。
インド人に渡すと例によって電卓を叩き、
そこから1割ほど引いて見せて「サービス」と言った。

思えば、インドという国自体が巨大なフリーマーケットのようなものである。
これもお国柄と言うべきか。

長くなったのでさらに続く。


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第10回国際ミネラルショー・完結編。

ローズクォーツと呼ばれる鉱物がある。
ピンク色に輝く透明な石だ。和名は紅石英。
紅水晶の名で売っている店も多いが、
厳密には紅石英と紅水晶は同じものではない。
石英という鉱物の、目に見えるサイズの結晶が水晶である。
では結晶とは何ぞやという話を始めると
また完結しなくなるのでここでは割愛してしまう。
要するに紅水晶はかなり稀産だが、
紅石英はさほど珍しいものではないと思って頂ければよい。

今回のミネラルフェアでは、このピンク色の石英を
あちこちのショップで見かけた。
トレーの中には4〜5センチ大の球が並んでいる。
ローズクォーツの塊を割って磨きあげたもので、
なかなか可愛らしい。
恋愛方面のお守りにもなるとかで、女性のお客に人気を博していた。
安いものは一個1000円程度からあり、
お小遣いでも十分買える。

そんな中にひとつ、スター効果の出るローズクォーツがあった。
スターサファイアやスタールビーで有名なこの現象は、
磨き上げた石の表面に四条や六条の白い光が浮かび上がるものだ。
「水晶散歩」のコンテンツでもちょっと触れているが、
これは宝石の中にルチルの細い結晶が混入するために起きる。
純粋に光学的な現象なので、
どれほどの効果が出るかは研磨してみないと分からない。

ぱっと見は4センチ程の楕円形の淡いピンク色の石である。
他のひと山なんぼの紅石英と別に変わらない。
小箱ごと少し持ち上げてみる。
転瞬、ドーム形の表面にすうっと白い十字の光が走った。
正しくスター効果の発現だ。

ちょっと感心して石を置くと、
やる気なさげに座っていた日本人の店員に尋ねてみた。
「これ、お幾らですか」
「73万円です」
「ほえ?」

ものの値段に対する感覚は人それぞれだ。
私の物差に照合すれば73万円の鉱物は国家予算級である。
手元の鉱物標本全部をもう1セット買って、
お釣りで日本漫遊が2、3回は出来るような気がする。
水戸黄門なんてかれこれ29回くらい漫遊してるし。
そもそも日本漫遊って幾らかかるんだ。
世の中わからないことだらけだ。あああ。

あまりのことに少々混乱を覚えた私に対し、
彼女はきっぱりと言った。
「それだけの価値がありますから」
「ははあ」
あっさりと恐れをなして引き下がる日高ではあった。

実のところ「それだけの価値」が素直に飲み込めなかったのである。
確かにスター効果は珍しいかもしれないが、
殆ど見た目の変わらない石が隣の店じゃ一個1000円なんだもん。

しばらく後、彼女の言う価値とは
つまり宝飾品としてのグレードであることに思い当たった。
趣味としての宝石の価格は骨董品のそれと同じである。
プライスに納得した人間だけが買う。
納得のいかない人間には用のない数字の羅列に過ぎない。

ま、例えばくだんのお姉さんにしてみれば、
愛媛県市ノ川産の輝安鉱の標本につけられた6ケタの値札の方が
よほどボッタクリに見えるかもしれない。

そんな様々な価値観に出会えるのも、
こうしたフェスティバルのひとつの愉しみ方である。

また来春、今度は新宿でお会いしましょう。


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